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鳥海山麓の田植え・由利町(写真は、池田和子さんの写真集「山里残像」より)
 由利町、抱合の松。「由利仲八郎政春終焉の地」に松と杉が抱き合うようになったことから地域の人々に「抱合の松」と呼ばれ親しまれてきた。しかし、昭和36年に松が枯れてしまい、現在は苔生した杉の大木の裏に新たな松が植えられている。
 「抱合の松」周辺は、鬱蒼とした森に包まれ、墓碑や堰の完成を記念した碑などが数多く残されている。
 鎮守の森・白鳥神社。田園に隣接する小高い丘は、鬱蒼とした杉に覆われている。その森に一歩入ると、苔生した階段と神社が忽然と現れる。
 伝統的な農業用ため池「大谷地池」を核に南由利原旅行村のサイクリングロードが整備されている。大谷地池は、鮎川の一大水源で明治43年に完成、以降度々改修を重ね、現在では満水面積65ha、貯水量353万立方mと、東北でも屈指のかんがい用水池として下流約1300haの田んぼを潤している。大谷地池は、発電用水としても利用されている。サイクリングターミナルや管理棟もあり、田園空間博物館では、由利町の総合案内所としの機能も期待される核的な施設。
仁賀保町、仁賀保高原の拠点施設「ひばり荘」から見た風景。日本海からの風が強いことから、巨大な風力発電の施設が並んでいる。高原のあちこちに、鳥海山から湧出した自然の池がたくさんあり、いずれも農業用水として利用されてきた。
 鳥海山倒映 仁賀保町(フリーデジタルフォト100 阿部昭良写真集「みちのく秋田四季秀景」より)
秋田県で湿田から乾田へ、人耕から馬耕への農業技術の一大変革が行われたのは、明治20年代から30年代にかけてのことだった。この農業革命とも呼べる乾田馬耕と耕地整理に大きな功績を残した人物、それが斎藤宇一郎(1866〜1926年)である。斎藤宇一郎記念館は、その業績を余すところなく保存伝承している。
 「昔の農作業」と題した収蔵室には、古くから人々が生活の中で使用してきた農具や民具を保存し、その道具がどのように使用されてきたかを紹介している。所狭しと展示された農具と民具・・・質、量ともに圧巻だった。
 仁賀保町から眺めた早春の鳥海山と田園風景「鳥海山麓の苗作り」。(写真は、池田和子さんの写真集「山里残像」より)

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