イバラトミヨと暮らす 郷土愛はぐくむ

「秋田さきがけ」新聞記事より(2001年1月1日付け)
氷河期の生き残り、湧泉に住むイバラトミヨ。地元では「ハリザッコ」と呼ぶ。

 仙北平野は県内最大の穀倉地帯であると同時に「泉の里」でもある。
 六郷、千畑、太田、中仙、そして田沢湖町などには
 奥羽山脈から流れた地下水が浸透、泉となってわいている個所が残る。

 これら湧泉(ゆうせん)とそれに連なる水路には、本県版レッドリストで「絶滅危ぐ種IA(近い将来絶滅の危険性が極めて高い)」に分類される淡水魚・イバラトミヨ(雄物型)が生息している。

 絶滅の危険性が最も高い魚だ。
 戦後の土地改良事業で多くの泉が失われるなど、
 農村環境の変化がイバラトミヨの激減を招いた。
 清水にしか生息できないイバラトミヨ。

 この魚を守ることは清水を守ることであり、
 ひいては多面的な機能を持つ農村の自然環境の保全にもつながる。
 今、湧泉周辺の土地改良事業の見直し、公園化、環境教育の推進−など、
 湧泉とイバラトミヨを守り、農村の原風景を残そうとする動きが一帯で広まりつつある。

行政、住民、企業がスクラム 湧泉保全へ一丸



千畑町土崎地区にある「大しず」。いまも土水路と水源涵(かん)養林が残り
、県は基盤整備事業から除外して保全する方向だ。


千畑町 共生策着々と前進/圃場整備に工夫、「しず」公園化も

 千畑町土崎地区には二十を超す湧泉がある。
 地元では湧泉を「しず」と呼び、生活用水、農業用水などに使ってきた。

 同地区の湧泉群の中でもとりわけ存在がクローズアップされているのが「大しず」。名前の通り規模が大きく、しずから流れる土水路も「上堰」と「下堰」と二手に分かれている。

 また周辺には水源涵(かん)養林である「土崎林」も残っており
 農村の原風景をほうふつとさせる景観だ。

水路の管理は、重要な農作業の一つ。受益者総出で行われる。イバラトミヨが生息する湧泉は、貴重な農業用水の供給源でもある。 湧水を利用するための小屋を建て、その小屋で洗濯、食器洗いなど生活用水として利用してきた。現在でも湧泉の水、は農業用水、生活用水、防火用水など地域用水として利用されている。
(上の写真2枚は、「広報せんはた」特別号、しずの学校より)

 県は、この「大しず」一帯を十四年度に予定している基盤整備事業から除外して残す方針を固め、地元と折衝を続けている。その保全手法として取り入れたのが「グラウンドワーク」。イギリスから伝わった運動で、住民、企業、行政、学校などがパートナーシップを組み、グラウンド(生活の現場)に関するワーク(創造活動)を行って自然環境を整備、改善していこうとするものだ。この手法は県内では初の導入となる。

 きっかけは昨年三月、同地区に「トゲウオ(イバラトミヨ)を守る会」(佐藤龍太郎会長)が発足したことにある。一帯の基盤整備事業を進める際、湧水とイバラトミヨの保全を町議会へ要望、採択された。これに対し、受益農家の「土崎・小荒川県営圃場整備促進協議会」(佐藤辰雄会長)も保全にはそれなりの理解を示した。

 従来は保全派と整備推進派という対立関係になりかねない両者が「保全しながら整備しよう」いう方向で一致し、県を突き動かした。
 ただ問題は「大しず」周辺の保全地帯をどうするかだ。基盤整備から外れる、残地は八カ所、計約二千平方m。区画されない残地は耕作に不利なため所有する農家にとっては不利益このうえない。

 そこで事業主体の県仙北平野土地改良事務所が提案したのがグラウンドワークだ。同事務所の三浦新七主任専門員は「八区画の残地を地元企業に買い取ってもらったり、有志の農地 の換地によって不利益をなくそうとする案で、大筋で地元の了解を得ている。われわれ行政と住民、それに企業などの参加で環境保全を図るめどがついた。これがグラウンドワークの基本的な仕組み。今後は保全地域の管理をどうするかだ」と話す。

 グラウンドワークは、構成メンバーとなる企業にとっては環境保全企業としてのイメージ向上などのメリット、行政は自治体としての好感度向上や環境行政の推進などにつながる。また地元住民や保全団体にとっては、集落コミュニティーの結束が強化されたり、ボランティアの場になるという利点がある。

 今後、調整機関で保全へ向けた詰めの議論を進め、保全が決まった後の管理方法なども話し合われる。官民が協力して練り上げた「共生策」がグラウンドワークという手法で実現しようとしている。

 一方、大しずの北側には「野際しず」という湧泉がある。ここでは実験的な基盤整備が行われている。下流の圃場を整備以前より40cmほど土盛りした。ほ場が低ければしずの水が流れ込んでしまう。そうすれば、しずが枯渇する恐れがあるからだ。

 しずの上流域の水路(三面コンクリート)の底部には数m間隔で小さな穴を開けた。これは逆にしずへ水が浸透しやすいようにするための措置だ。このほか、石積み方式でイバラトミヨの生息水路を新たに設けた。

 県の保全への取り組みと歩調を合わせるように町も野際しず一帯を十三年度に公園化する計画だ。基盤整備から除外し、しず周辺の休耕田約二千平方mに芝生を植え、トイレ、あずまや、水飲み場、駐車場などを整備していく。しずと一体となった公園で、完成すれば大しずとともに、格好の環境教育の湯となり、泉の里である仙北平野の散策コースの拠点にもなりそうだ。

写真は「大しず」とその下流の水路。「大しず」と「野際しず」は、平成13年度に創設予定の農村振興総合整備事業で、生態系観察公園及びしずの学校などを開催するコミュニティ施設など、イバラトミヨが生息するしず(湧泉)の里づくりを推進する計画である。

 このほか、太田町駒場では、イバラトミヨが生息していた水路が基盤整備で埋没したため、新たにイバラトミヨの生息池を県が設けた。中仙町長楽寺ではイバラトミヨが生息し、 しかも関係者から「木々に囲まれた素晴らしい景観の湧泉」と評判の「丸シズ」があり、周辺の公園化を町が中心となって検討している。
中仙町長楽寺「丸シズ」

県立大学短大部農業工学科神宮字寛講師に聞く
水環境ぜひ守ろう/面的な保全がベスト 計画からアセス

 十年から千畑町でイバラトミヨの生息環境や基盤整備による影響などを考察している県立大学短大部農業工学科の神宮字寛講師(32)=農業土木、農村計画学=に農村の環境保全と基盤整備について聞いた。

 −千畑町でのイバラトミヨの生息調査結果は。

神宮字 二十二カ所の湧泉を調べた結果、イバラトミヨの生息が確認されたのが十カ所。地元任民へのヒアリングでは、以前は二十二カ所すべてに生息していた、とこたえており、激減ぶりがうかがえます。地元では「ハリザッコ」と呼ばれているが、もう「ザッコ」ではなく、貴重な魚になったと思います。

 −イバラトミョが生息するための条件は。

神宮字 ゆう出量が豊富な湧泉や水路であること。そして水温が13度−18度程度に安定し、工サとなる水生昆虫や巣づくりのための水草などが生えていることも大事な点。また生息範囲は湧泉と水路を季節によって移動しており、湧泉だけの保全ではだめです。点ではなく面的な保全がベスト。イバラトミヨが確認された湧泉の中には、良好な環境にある個所がいくつかあります。水環境面で農村の原風景をとどめる素晴らしい一帯といえるでしょう。

 −環境に配慮した基盤整備はどうあるべきか。

神宮字 これまでの基盤整備事業は生産性向上や作業効率性を考えれば良かったのではないでしょうか。しかし、環境面への配慮なくして公共事業は成り立たない時代です。基盤整備を進めるためには、今後は計画の段階で環境アセスメント調査が必要でしょう。計画が出来上がってから環境問題が発生し、対策を講ずるとしても遅すぎます。

 −基盤整備のアセス調査や環境に配慮した工法によるコスト増は、国や県の予算に計上されていない。

神宮字 千畑町の湧泉とイバラトミヨを守るための基盤整備をみても、従来型の整備よりコストがかかっています。イバラトミヨ保全は農村の生活環境、水環境の保全につながることです。これは、農家、非農家、都市住民ともにメリットがあり、公共性の高い取り組みです。やはり行政が環境コストを負担するのが筋ではないでしょうか。

イバラトミヨ

 トゲウオ目トゲウオ科トミヨ属に属する淡水魚で、体長は5、6cm前後。氷河時代からの生き残りといわれ、年間を通して10−15度前後で安定した清らかな沼や川にしか住むことができない。

仲良く巣づくりするイバラトミヨのつがい、夏のしずで見られる光景だ。
(写真は、「広報せんはた」特別号、しずの学校より)

 繁殖期になると、水草を用いてゴルフボール状の巣をつくり、子どもが卵からふ化、巣立つまで育児を行うのが特徴。

 北海道、東北地方に分布し、「淡水型」「汽水型」「雄物型」の3種類が知られている。そのうち、仙北平野を中心に分布している「雄物型」は極めて珍しく、県版レッドリストでは、絶滅の可能性が最も高い「絶滅危ぐ種IA」に指定されている。

イバラトミヨと暮らす 郷土愛はぐくむ