Photograph collection「Mt AkitaKomagatake Flower travel 」


Photographed by Takao Yamada


購入希望の方は、無明舎出版 電話018-832-5680へ

花紀行1 春の訪れ Visiting in spring
花紀行2 初夏の花らんまん Flower in early summer
花紀行3 花踊る盛夏 Midsummer that dances the flower
花紀行4 秋燃える Fall burns
花紀行5 冬を迎えて Enter upon winter
秋田駒ケ岳・乳頭山マップ Mt AkitaKomagatake Mt Nyutosan Map

 秋田駒ケ岳は、女目岳(おなめだけ、1637m)、男岳(おだけ、1623m)、女岳(めだけ、1512m)の総称。十和田八幡平国立公園の南端に位置し、周辺の高山植物帯は大正15年から国の天然記念物に指定されている。日本でも有数の花名山として名高い。

 秋田駒ケ岳の植物を代表するものにコマクサの大群落がある。頂上近くの大焼砂という特異な焼砂地帯を独占して可憐な花を咲かせる。上の写真がコマクサだが、その姿態といい、色彩といい、高山植物の女王と呼ぶにふさわしい。

 秋田駒ケ岳が見下ろす仙北平野は、秋田を代表する穀倉地帯である。その地元では、秋田駒ケ岳から吹き降ろす東の風を宝風と呼ぶ。宝風は、早春の雪解けを促し、夏の病虫害を防ぎ、秋の収穫を早めるからである。伝説によると、南部から白馬に乗った神様がこの山にやってきて、女岳(めだけ、1637m)中腹の焼砂原を遊歩したために、常に蹄の跡が絶えなかったという。春には、山肌に残る馬の形をした雪が春の農作業の目安になった。

 秋田駒ケ岳の山開きは6月の第1日曜日。登山の起点は、八合目・1310m。ここから山頂まで1時間ほどで、誰でも気軽に登れる山である。八合目の駐車場まで、土日はバスも運行され花の名山を歩く登山者にはありがたい。(マイカー規制があるので注意)

 2000年5月下旬に発売された写真集「秋田駒ケ岳 花紀行」(山田隆雄著、無明舎出版)は、200種を越す可れんな花々と息をのむ四季の山容の美しさを300葉の写真で編む決定版。花と自然の美しさに感動する心は、自然を大切にする原点であることを、写真1枚1枚が語りかけてくる。興味のある方は、ぜひ実物の写真集を見ることをお薦めしたい。

ご協力をいただいた山田隆雄さんのプロフィール
1932年 秋田県仙北町に生まれる。
1958年 仙北町「山の会」を結成する。
1993年 高梨郵便局長退職。
1996年 写真展「秋田駒からメッセージ」(仙北町「ふれあい文化センター」)
1998年 写真展「秋田駒賛歌」(秋田市「アトリオン2F」)
1999年 写真展「秋田駒賛歌」(大曲市「タカヤナギ5F展示室」)
1999年 写真展「世紀の曙(秋田駒より)」(大曲市「図書館展示室」)
現住所 秋田県仙北郡仙北町高梨字金掘31-2

写真集 あとがきより

 秋田駒ヶ岳と初めて出合ったのは小学校4年の夏(昭和17年)、林間学校に参加してのことだった。田沢湖畔の宿に合宿した日程のなかに、駒ヶ岳登山の計画が組み込まれていたからだ。早朝、田沢湖畔を出発して山頂をめざした。長い長い道のりだった。

 硫黄鉱山の切れ落ちる稜線をおっかなビックリ登り、阿弥陀池を通って大焼砂、そして駒池に下りて昼食だった。焼け砂の黒い斜面にはピンク色の小さく可愛らしい花がいっぱいに咲いていた。駒池に下るとき、地元の人に、「このコマクサは非常に大切な花だから踏みつけたりしないように」と指導を受けたが、あまりに密生しているので足の踏み出しに困ったことを記憶している。

 昭和40年の頃、駒登山で国見温泉に一泊、翌日、横長根を喘いでいた時、すでに故人となられた武田益太郎先生に、「山田君これがミヤマハンショウヅルだよ」と教えて頂いたのが、高山植物として名前を知った二種目だった。その後先生には度々ご指導を頂いて、名前を知る花の数もだんだん増えていった。先生にはここで改めで感謝を申し上げたい。

 10年程前から、駒の高山植物を写真に記録したいと思うようになった。はじめの数年間は予行演習のようなもので、本格的にはじめたのは60歳を過ぎ仕事を離れてからだ。

 ファインダーをとおしてみる高嶺の花たちの美しさに、改めて新しい目が開かれた思いだ。

 秋田駒が備えた美しくも厳しい自然と、そこに生きつづけようと咲く花たちとの出合いに至福の喜びを感じつつ撮りためてきた。自然を畏敬し、その美しさに感動をおぼえる心が、かけがえのない自然を大切にする原点だと思う。この写真集が自然の営みのなかにこそ私たち人間の営みがあることを、感得出来る手助けになればと思っている。

 この7年間ひたすら駒に通いつめ2万5千回を超すシャターを切った。本書はその足跡である。・・・(山田 隆雄)