美しき水の郷あきたTOP 米づくりの村 母の面影 田んぼの学校 過酷な労働 実りの秋
村の暮らしT U V W(完結2001.3.20UP)

 New century feature
写真集「米づくりの村」
写真集「米づくりの村」(井上一郎著、社団法人家の光協会
Photograph collection "Village where makes rice"
Photographed by Ichiro Inoue

「米づくりの村」・・・かつての子供たちは、幼いころから田んぼで育ち、
働くことを眼で見て体で学んだ。
ある時期、多くの子供たちが集団就職で村を去った。
゛万感こもごも到る゛の心境でふるさとをあとにしたのである。
そんな人たちが、この写真集を見てどんな思いにかられるのだろうか。

 ふるさとの野山で遊び、田んぼで育った子供たちの多くは、中学校を出ると集団就職列車に乗って都会へ働きに出た。当時、農村の中学卒業生は「金の卵」と呼ばれ、工業生産の働き手として歓迎された。
 中学を出ると、農民として生きる者と村をあとにする者とに分かれた。

 この写真集は、昭和28年から約5年間にわたって、井上一郎さんが生まれ育った内小友村(現秋田県大曲市内小友)を中心に撮影したものである。村は奥羽山脈のすそから広がる県内最大の穀倉地帯。写真集のタイトルにあるとおり、何百年も続いた「米づくりの村」である。

 この写真集一枚、一枚を眺めていると、21世紀を生きる私たちに何かを語りかけてくるような不思議なエネルギーを感じる。農民の目線で、自ら米づくりの村を撮影し続けた井上一郎さんの情熱と愛は、21世紀に生きる私たちへの確かなメッセージのようにも思う。

 あなたたちは、物質的な豊かさと引き換えに、多くのものを失ったのではないか。家族の絆、お互いに助け合って生きる心、水と土に生きる誇り、自然の恵みに感謝する心、食と農の大切さ・・・。たとえ貧しくとも、心豊かな農村の暮らしを、もう一度振り返ってほしいと願わずにはいられない。写真集に登場する村が、わずか40数年前の農村の姿とは・・・、隔世の感を抱くに違いない。

 この写真集の序には、次のように記されている。

 「大曲で50余年農耕に従うかたわら、片手にカメラを抱えて村の生活を撮り続けた井上一郎さんの写真集を見てゆくと、どうしてか胸の中がじーんと熱くなってゆくのをおぼえた。

 重い荷物を背負っている女と老人の苦しげな姿が多いからだけでなく、酒宴の真中で腰を折り曲げて踊っている老婆も、縄ないをしたり、むしろを編んでいる女たちも、学校帰りの子供たちも、それぞれ心に沁みてくるからであった。

 水で田んぼに流れこんだ砂礫の下から稲を掘り出している母と子の真剣さは心を打つし、車井戸で上がってきた釣瓶(つるべ)はなつかしい。

 ・・・ここには、ほんとうのみちのくの生活がくりひろげられている。・・・東北地方でも農村は激変しているから、ここに写されたような農家の生活の多くはすでに歴史的なものになっただろう。それだけに、この写真集をくりひろげて見ることが東北の人々にとってさえ、根っこに戻るという重大な意味を帯びてきたのではなかろうか。」(昭和52年9月 杉浦 明平)

ご協力いただいた井上一郎さんのプロフィール

著者略歴

明治三十七年、大曲市内小友に生まれる。
大正十一年、盛岡高等農林学校別科卒。
秋田県信連、生産連協、指導連各理事を歴任。

著書 『村の一年』岩波写真文庫
     写真集「米づくりの村」(家の光協会)

 井上一郎さんの「後記」より

 この写真集は、昭和二十八年から約五年間にわたって、私の生まれた内小友村を中心に、大川西根、花館、大曲など、現在大曲市に合併されている農村の姿を撮影したものです。約二万枚のネガの中から二百七枚を選びました。

 当時、私は県の農協関係の仕事にたずさわっていたので、村を回る機会も多く、カメラをぶら下げて歩き、シャッターを押しまくりました。

 昭和三十一年、『村の一年』と題して、私の写真の一部が、岩波写真文庫の一冊として発行されたことがあります。その後も幾つかの出版社から、農民の幸福と喜びをテーマにした写真集を刊行したいとの依頼を受けましたが、なかなか出版には踏み切れずに今日に至ってしまいました。

 たまたま、秋田県の農聖石川理紀之助翁の始めた種苗交換会の第百回大会が大曲市で開催されることになり、最上大曲市長から、これを機会にぜひ出版するように、との強い要請がありました。そこで先輩の浜谷浩先生に写真をご覧いただき、刊行する決心をいたしました。

 この写真を写した時代は、農地改革から五年過ぎて自作農制度がようやく定着し、農業機械化が芽生える一方、古い農耕の伝統的な形態や、昔ながらの“むら“ の生活慣習がまだ残っていました。いわば、新旧共存の時期で、農村がいちばん繁栄した時代ということができるでしょう。

 そのころ私は、この姿を記録にとどめなければすべてが消え去ってしまうのではないかという気がしてきました。早速、準備に取りかかり、二十八年からカメラをかついで村を回りはじめたのです。

 農村の変革期をとらえる私の眼は、後向きだったかもしれません。しかし単なる郷愁だけではなく、失われようとする農民のもつ永遠の魂を見つめたつもりです。

 写真を撮り終えてからの私は、勤めをやめて村でリンゴ栽培に取り組んでいます。私の生涯が土とそこに生きる人々を愛することにあったからです。

 あれから二十余年を経た今日、村はすっかり変わってしまいましたが、何百年にもわたって受け継がれてきた東北の農村、農業、農民の姿を知ることにより、明日の農村を築くうえに幾分なりとも益するところあらば幸いです。

参考文献 Bibliography

「わらと生活」 後松州造著
写真資料「秋田の民俗」 無明舎出版
「昭和のこどもたち」 石井美千子人形作品集
「秋田のことば」 秋田県教育委員会編、無明舎出版
「秋田農村歳時記」 秋田文化出版社
「風の詩 水の恵 土の香」秋田県営雄平地区大規模ほ場整備事業記念誌
「木版画百題 秋田歳時記」相馬信太郎、勝平得之
「雪国の民俗」柳田國男、三木茂

美しき水の郷あきたTOP 米づくりの村 母の面影 田んぼの学校 過酷な労働 実りの秋
村の暮らしT U V W(完結2001.3.20UP)