「マタギの村は、周囲を高い山嶺に囲まれた谷奥や小盆地に立地している。良い猟場を間近に控えたところである。かつては、険しい峠を越えて入らなければならない隔絶された山村であった。
 農耕だけを目的として拓かれた村でないことは、その景観が物語っているが、屋敷まわりの平地は、畑に拓き、麻や蔬菜類を作り、水かかりの良い谷あいは水田として稲を作った。

 背後の山も傾斜の緩やかな場所は、焼畑にしてアワ、ヒエ、ソバ、マメなどを栽培していた。マタギの村では、食料自給のための農耕は、主として女の大事な仕事であった。このほか、春の山菜、秋のキノコ採取や木の実をひろって調整するのも女の大事な仕事のひとつであった。

 男は、冬から春にかけての猟期には狩りが主であったが、夏には川漁を行うことも多かったし、「熊の胆」などの売薬行商に出る人もいた。狩猟が下火になった現在では、山仕事や条件の良いところでは、農業を主とする人も多くなっている。

 マタギの村もまた、それぞれの時代に外からの影響を強く受けて、多くの変遷を辿り、往事のままではないが、彼らの生活文化の中には、ブナ帯の山地で恵まれた山棲みの伝統が色濃く残されているようである。」
(「図説 秋田県の歴史」田口勝一郎ほか、河出書房新社より抜粋)
 
 自然と野性と人間が共存してきたマタギ文化を保存伝承する阿仁町では、「マタギの里」を前面に出した村づくりが進められている。阿仁町のイメージキャラクターは、秋田県出身の漫画家・矢口高雄さんが描いた「かけるくん」を採用している。
世界遺産に登録された白神山地。比立内マタギは、根子や打当のような旅マタギは少ないが、白神山地へは時々出掛けたという。松橋吉太郎氏は、父から、クマの密度が高く、先頭を歩くマタギにクマが立ちはだかって、それを槍で刺したという話を聞き、子供心に恐い所だと語っている。 マタギの里を代表する「安の滝」。日本の滝百選で第2位に入選。美しい村娘の悲恋物語が秘められている名瀑は、標高900mの高原に高さ90mを有する壮大なのもので、マタギの里にふさわしい滝だ。
マタギの魂とも言われるナガサを製作している3代目西根鍛冶、西根稔氏。手に持っているのは、フクロナガサに棒を差し込んだ槍。 国の天然記念物・モリアオガエル。アオガエルの仲間では、最も北方に分布する樹上性のカエルで、木の枝に泡状の卵を産む。クマゲラと並び森吉山の豊かな自然の象徴でもある。
奥阿仁の打当マタギ集落で、タヌキの毛皮を背当てにして農作業をする婦人。まだ、こんな光景が残っている。 2匹のクマを仕留める。昔のような禁忌やしきたりは少なくなったが、「クマは山神様からの授かり物」という考え方は今も生きている。マタギの世界は、自然に対する畏敬と感謝の念を決して忘れないところにある。
村の至るところで、納屋から牛が顔を出す風景が見られたが、今では見られなくなった。夏山冬里型の牧畜は、今でも盛んだ。 山間の奥地にも、冬の市にはハタハタがつきものだった。(昭和40年、阿仁町比立内)
マタギ資料館…独特なマタギ文化を保存伝承する全国で唯一の資料館。狩りの道具や衣装、記録写真など貴重な資料が展示されている。 熊牧場…阿仁マタギ駅から打当温泉に向かう右手にある。ここは、阿仁で捕獲されたツキノワグマが集められ、熊の愛郷あふれる仕草が人気だ。中には、母熊を亡くした子熊もここで飼育されている。
マタギの里に伝わる根子番楽(秋田県無形民俗文化財)。「村人は、源平落人の子孫と称し、古来弓矢に長じ、狩猟を生活としてきただけに、ここの番楽は他のそれに比して勇壮である」(民俗学者、折口信夫)