掛魚まつり 大綱引き 犬っこまつり 紙風船上げ 火振りかまくら
なまはげ 石持ち占い 横手かまくら 六郷竹うち 

 

 新世紀の秋田は、例年になく凍てつく寒さが続いていますが、その寒さを吹き飛ばす、冬の祈り・美しく幻想的な秋田の冬祭りをご紹介します。

 雪国の暮らしから生まれた冬の伝統行事、どんなに厳しい冬でも人々の情熱は冷めることがありません。やがて来る春の足音を待ちながら、今日も村には冬の祈り・祭りの声が響いています。



でっかいな今年のタラ 金浦で「掛魚まつり」
秋田さきがけ 2001.2.5

 夕ラを奉納して豊漁を祈願する金浦町の伝統行事「掛魚(かけよ)まつり」が四日、金浦山神社で行われた。三百年以上の歴史を誇ると言われているまつりで、別名「たらまつり」。漁師たちは大きな夕ラを担いで町内を練り歩き、神社に奉納して大漁と海の安全を祈願した。

 奉納行列の出発点となる県南部漁協には、船主らが持ち寄った荒縄につるされた夕ラ二十本が並んだ。夕ラは大きいもので重さ約十七キロ。雪が降る中、金浦神楽の一行を先頭に、金浦山神社までの道のり約一キロを練り歩いた。ことしの大物を一目見ようと、町民や観光客が沿道を埋め、神社参道は見物人があふれていた。

 神社参道向かいの勢至公園では、夕ラ汁の販売が行われ、金浦小学校の児童らが神楽を披露した。

 まつりに参加した漁師は「ことしは、しけが続いているため、漁に出た日数は少ないが、水温が低いため例年より大型がそろった」と話していた。夕ラの即売会を行った県南部漁協は「今が夕ラ漁の最盛期。あと一週間は続くのではないか」と話していた。


うねる人波 飛び交う怒号 
20分にわたる激戦/下町勝利、今年は豊作
秋田さきがけ 2001.2.11

 西仙北町刈和野に伝わる国重要無形民俗文化財「刈和野の大綱引き」が十日夜、大町通りで行われた。今年も、寒さを吹き飛ばす熱戦に。会場には、綱を引き合う人たちや、熱心な声援を送る観客たちの熱気で、白い湯気が立ち込めた。

 五百年以上の伝統を誇り、地域を二分した戦いが繰り広げられる大綱引き。上町(二日町)が勝てば米価が上がり、下町(五日町)が勝てば豊作になるといわれる。

 伝統の綱引きは午後二時半、降りしきる雪の中、準備作業がスタート。同八時からは一時間近くかけて、二つの大綱を動かし、結び目を作った。住民たちは、重さ十トンを超す綱を、力を合わせて動かし、慎重に作業を進めた。

 会場を約一万人(町調べ)の観客が埋めつくし、緊張感がピークに達した午後九時三分、綱の結び目に立つた建元(たてもと)が「ソラーツ」と叫びながら飛び降りるのを合図に、引き合いがスタート。住民と観客が一体となり、こん身の力で引き合うと、綱はがっちり結ばれ、みるみる細く長く伸びていく。提灯(ちょうちん)に合わせて「ジョヤサー、ジョヤサー」と響く力強い掛け声。劣勢に立った側からは「腰を落とせ」「広がれ」という怒鳴り声。「一緒に引いてくれ。負けてしまう」と観客に懇願する住民も。

 二十分にわたる激戦の末、大綱が下町側に引き込まれると、観衆の聞に大きな歓声とため息が広がった。


闇に浮かぶ幻想的な世界  秋田さきがけ 2001.2.11

 湯沢市の小正月行事「犬っこまつり」が十日、市中央公園広場を主会場に開幕した。雪国ならではの雰囲気を楽しもうと多くの観光客が訪れ、終日にぎわった。きょう十一日まで。

 まつりは約四百年前、佐竹南家の殿様が一帯を荒し回った盗賊を退治して以来、「悪党を追い払う」という願いを込めて、人々がコメの粉で犬のしん粉細工を作り、家の入り口に供えたのが始まりとされる。まつりはこれまで「二月の第三日曜と前日」に開催されてきたが、近年の暖冬傾向に合わせ、今年から「第二土曜と翌日」に早められた。

 広場には市内の企業や町内会、学校など三十のグループが一週間ほどかけてつくった二〜四mのお堂っこ、犬っこが並び、多くの家族連れや観光客が訪れた。日が暮れ、お堂っこにろうそくがともされると会場の雰囲気は一変。真っ白なお堂っこや犬っこが闇(やみ)の中に浮かび、観光客は幻想的な世界に酔いしれていた。

光ゆらゆら紙風船舞う  秋田さきがけ 2001.2.11

 西木村上桧木内に伝わる「紙風船上げ」、西仙北町の国重要無形民俗文化財「刈和野の大綱引き」など伝統の小正月行事が十日夜、各地で行われた。夜空を彩る光や、寒さを吹き飛ばす熱気に、見物客は酔いしれた。県内の小正月行事はピークを迎えた。

 西木村の「紙風船上げ」が十日夜、同村上桧木内字大地田の特設会場で開かれた。明かりをともした百個以上の紙風船が次々に夜空を舞い上がり、訪れた多くの観光客を魅了した。

 紙風船上げは、和紙を張り合わせた長さ六mほどの風船を、バーナーなどで熱風を吹き込んで膨らませ、最下部に灯油を染み込ませた布玉を固定、この布玉に点火して空に放つ。上桧木内地区八集落の住民たちは、昨年末から紙風船の製作を開始、武者絵や美人画、アニメの人気キャラクターなどを和紙に描いて仕上げた。

 この日は午後四時の昼風船上げやふるさと芸能発表に続き、午後六時半、八集落や学校、職場などが作った紙風船がほぼ一斉に打ち上げられた。家内安全、商売繁盛などの願いを込めた風船は明かりをゆらめかせながら空へ上がり、描いた武者絵などを夜空に浮かびあがらせた。

 江戸時代の科学者・平賀源内が阿仁銅山を行き来する途中、伝えたのではないかとも言われ、かつては集落ごとに行っていた。一ヶ所に集まって実施するようになった昭和62年以降、観光客は増えている。

炎の輪 幻想的 「火振りかまくら」始る
秋田さきがけ 2001.2.14

 角館町に伝わる情緒豊かな小正月行事「火振りかまくら」が十三日始まった。

 縄の先に付けた俵を燃やし、体を軸にして振り回し、無病息災や五穀豊じょうを祈る冬の行事で、四百年以上の伝統を持つとされる。二月十四日の行事だが、冬季観光振興のため一昨年から二日間の日程で開催している。同町山谷川崎の老人クラブが俵を毎年作っており、ことしも七千五百個余りを用意した。

 初日の会場は同町の桧木内川河川敷(左岸)。午後五時半に合図ののるしが上がり、対岸に「火ぶりかまくら」の火文字が点火された。最初に男たちが俵に火をつけ豪快に振り回し始めると、集まった観光客から歓声が上がった。自由参加の時間では、観光客が次々に飛び入りで加わり、会場には幻想的な炎の輪が描かれた。

 この日は小、中学生のわらしっこ火振りかまくらコンテストも開かれ、小、中学生三十六人が挑戦した。

 十四日は同河川敷など町内三十六カ所で午後六時から一斉に行われる。

雄叫び上げ境内乱入  秋田さきがけ 2001.2.14

 男鹿市の「なまはげ柴灯(せど)まつり」が十三日から三日間の日程で、同市北浦の真山神社を会場に始まった。

 まつりは、大みそかに男鹿半島の各地区で行われる「なまはげ行事」と、真山神社の神事「柴灯祭」を組み合わせた観光行事として、同市や同市観光協会、真山神社などが実行委員会を組織し、昭和三十九年から行われている。今年は初日の十三日、約七千五百人の観光客が訪れた。
 午後六時すぎ、柴灯祭の行事である「湯の舞・ちん釜祭」でまつりは始まった。神社参道でなまはげ入魂の儀式を行った後、境内に「里のなまはげ」が乱入。雄叫びを上げながら観光客を追い回した。

 なまはげ太鼓やなまはげ踊りがムードを盛り上げた後、いよいよクライマックスの「なまはげ下山」がスタート。夜のとばりに包まれた真山の山中から、たいまつをかざした十五匹のなまはげが次々と会場に下山。赤や青の鬼面がたいまつの明かりを受け暗やみにくっきりと浮かび上がり、幽玄の世界を醸し出した。

 今年のまつりでは、なまはげを実際に体験してもらおうと、「里のなまはげ」のなまはげ役を一般から公募、この日も三人が挑戦した。千葉県市川市の会社員小代田友樹さん(28)は、「男鹿出身の知人の紹介で参加してみた。面で視界が遮られ、自分がどう動いたのか実感がなかったが、テレビで見たようななまはげの雰囲気は味わうことができた」などと話していた。

 まつりは十四、十五日とも午後六時から八時まで行われる。

ご神体、片手で上がれば豊作/にぎやかに石持ち占い
秋田さきがけ 2001.2.14

 象潟町横岡地区に二百年ほど前から伝わる「石持ち占い」が十一日夜、横岡正一位稲倉神社で行われた。五穀豊じょうや無病息災を祈願する初午(はつうま)行事の一つ。集落の男たちが、ご神体の石を持ち上げて腕力を競いながらことしの作柄を占った。

 ご神体の石は「男石(おいし)」と「女石(めいし)」の一対で、重さはそれぞれ四キロと三キロほど。手の甲を上にして片手で石をつかみ、持ち上げることができれば豊作とされる。

 地元の中学生六人が獅子舞を奉納した後、十三人の男衆がキツネの絵柄の杯でお神酒を飲み、交代で石をわしづかみにした。腕を震わせながら持ち上げると、取り囲んでいた人たちから「上作、上作」との声が上がった。

 かつては腕力があるほど農作業がはかどり収穫量が増えるとされ、同地区では石を持ち上げて腕力を示し、農作業の励みにしてきたという。

雪室の中 暖かだね かまくら開幕  秋田さきがけ 2001.2.16

 四百年以上の歴史を持つとされる小正月行事・横手市の「かまくら」が十五日、二日間の日程で始まった。かまくらの中のろうそ<の炎で雪室が暗やみに浮かび上がり、多くの観光客が幻想的な雰囲気を楽しんだ。

 主会場の市役所前や横手公園、二葉町、羽黒町などには大人三、四人が入れる高さ約三m、幅三・五mのかまくらが約百個つくられた。十個のかまくらが並んだ二葉町通りでは、線入れなどを着た地元の子供たちが、「入ってたんせ」「甘酒飲んでたんせ」と観光客をかまくらの中に招き入れ、炭火で焼いたもちや温かい甘酒でもてなした。

 市民総参加の「一戸一かまくら運動」を進めている横手青年会議所は根岸町に約三百mの「ミニかまくらロード」を設置。数百のミニかまくらのろうそくの炎が、雪国の情緒を漂わせた。横手川の河原にもミニかまくらが多数並んだ。

 噴火災害で避難生活を送る東京都・三宅島の中学生約三十人も見学した。増田町を訪れ、増田中生たちと交流している生徒たちで、「雪国体験学習」の一環。女子生徒の一人は「かまくらの中は、思ったより暖かくて明るかった」と笑顔で話していた。

壮絶 合戦さながら 400人の男衆激突
秋田さきがけ 2001.2.16

 国の重要無形民俗文化財「六郷の力マクラ」のフィナーレを飾る奇祭「竹うち」が十五日夜、六郷町六郷の秋田諏訪宮前の力マクラ畑で行われた。雪が降りしきる中、男衆が南軍と北軍に分かれて青竹を激しく降り下ろす戦国時代の合戦さながらの壮絶な打ち合いを繰り広げ、約千二百人の観衆を興奮させた。三回にわたる戦いの結果、今年は両軍相譲らず引き分けとなった。

 六郷の力マクラは「蔵開き」「天筆まつり」「鳥追い小屋」など毎年二月十一日から五日間にわたって行われる小正月行事。男衆が南北の二手に分かれて戦う竹打ちは最終日の夜に行われ、南軍が勝てば米価が上がり、北軍が勝てば豊作になるといわれている。

 顔をタオルで覆いヘルメットをかぶった約四百人の男衆が長さ六m余りの青竹の束を担いで会場入り。緊張感が高まった午後八時十分、辺り一面に鳴り渡るサイレンを合図に、一斉に打ち合いが始まった。

 雄たけびを上げながら青竹を激しく降り下ろし、相手と壮絶なぶつかり合いを演じる男衆。士気を鼓舞する木貝が盛んに吹き鳴らされ、会場は青竹がぶつかる音と歓声に包まれた。

 戦いの合間には「天筆焼き」も行われた。天筆は、緑、黄、赤、白、青の和紙をつなげ、願い事などを書き、青竹の先に付けたもの。松飾りやしめ縄などをうずたかく積み上げた「松にお」に火が放たれると、天筆は真っ赤な炎に翻り、夜空く舞い上がった。