国際化時代、農業が変わる。いや、変わらねばならない。
今、次世代に引き継ぐ、農業・農村整備が村を走る。

いくつにも分散された小さな田んぼ、それを子供たちが引き継ぐだろうか。
無人ヘリが空を飛ぶゆとりの大区画なら
息子や孫たちの服が、やがて作業服に変わっても心配無用。

雪国・秋田の歴史は、凶作と飢餓の歴史と言っても過言ではない。

この苦難の歴史が我々に、そっと、語りかけてくる。

「人間がこの小さな惑星に生きてるいる限り、農業は、
永遠に引き継いでいかねばならない生命産業なのだ。」と。
今や、田植えもヘリコプター時代。大曲市では、平成7年、20代の若者を中心に「アグリフライト大曲」を設立。構成員は農家8名、サラリーマン5名と、農家だけでなくサラリーマンも含めたユニークな組織だ。  飯田川町下虻川地区は、田んぼの出入りがどこからでもできる1haの大区画が完成。用水パイプライン、排水路は、農道の地下に埋設、草刈りが不要。バルブを一度セットすれば、個々の農家は水管理の手間がいらない。基本区画は1haだが、ケイハンをとれば、何と10haまで拡大できる未来型ほ場だ。
 かつて5〜10aの小さな田んぼ1枚1枚に個々の農家がポンプを設置、水管理に多大な労力を要した。そんな時代から見れば「夢のような田んぼ」が誕生したことになる。
コメ新時代を担う農業法人、NCF農事組合法人NAKAZAWAカントリーファーム。
西目町中沢集落では、ほ場整備を契機に、比較的規模の大きな農家7戸が集まって、法人化への道を模索。平成7年5月、米価が低下しても存続できる組織強化や若者を雇用できる農業の展開、そして農業と農業者に対するイメージを変えるためにも、新しいスタイルの法人化に踏み切った。
コメどころ仙北平野に、グリーンアスパラの産地誕生。
いま、コメの国際化時代を迎え、秋田県農業は、大きな転換期を迎えている。ピンチの後にチャンスあり。その救世主として中仙町に登場したのが、グリーンアスパラ。
最初は、みんな疑心暗鬼だった。種をまいて3年目。まるで、竹の子のように地面をおしのけて、次から次へと顔を出すアスパラ。手をかければかけるほど儲かる。だんだん面白くなってきた。サラダブームの追い風もあって、一躍「アスパラガスはもうかる野菜」に変身していった。今では、周辺町村へも波及。コメどころ仙北平野に、統一ブランド「秋田まごころアスパラガス」の新しい産地が誕生した。
十文字町食用菊部会。秋田では、昔から食用菊を最も多く食べていた。食用菊は、香り高く、鮮やかな色と歯ざわりの良さ、安心して食べられる健康食品として評判も上々。消費者の安全志向に応えるために「ライフ農法」で栽培している。この農法は、天然土壌改良剤で土壌を活性化させ、細菌やカビを抑え、牛骨粉などの動物性有機質肥料だけを用いて、安全で美味しい作物づくりをめざす農法である。
十文字町の食用菊は、安全なだけでなく、日持ち、重量感、色艶の三拍子そろった食用菊として市場評価も高く、全国でも山形に次いで2位の産地に成長している。
大曲市モロヘイヤ生産組合。ゼロからのスタートで無名の野菜・モロヘイヤに挑戦、平成6年に念願の販売額1億円を突破。
モロヘイヤは、エジプト原産の緑黄野菜。「王様の食べる野菜」という意味をもつ。カロチンはホウレンソウの3倍、カルシウムは何と8倍、その他ビタミン、カリウム、鉄分を多く含み、現代人が不足がちな栄養素をほとんど兼ね備えている。無名の野菜だったモロヘイヤは、やがて「スーパー野菜」あるいは「健康野菜の王様」と呼ばれるようになった。
女性が動けば、農業が変わる、ドラゴンフレッシュセンター「まごころの会」。八竜町の女性たちが結集し、生産だけでなく販売へと発展させるために、平成6年、「ドラゴンフレッシュセンター」で婦人たちが生産した野菜の直売を開始、「新鮮さ」と「まごころ価格」が受けて大繁盛。売り上げは1億円を突破。
かつては、夫の計画に従って動くことしかできない男主流の農業であった。今は違う。女性たちが力を合わせて新しい農業を展開すれば、女性が農業の主役に成りうることを見事に証明した。
遊休農地が蘇った阿仁フキ生産組合。山里の味と言えば山菜。阿仁町では、野生のゼンマイを転作の田んぼで栽培する取り組みが昭和40年代の半ば頃から始まっているが、最近、町の特産品として、一躍脚光を浴びているのが「阿仁フキ」である。
フキの栽培は、遊休化している畑や田んぼでも十分栽培が可能なことから、遊休農地の解消にも一役かっている。生産されたフキは、業務用として販売されるほか、観光用として「阿仁フキ」の缶詰やビン詰、パックとして販売、自然食品として好評を得ている。
花のオリンピックで金メダル。由利地区花き生産者連絡協議会由利ばら部会。
平成5年、ドイツ、シュツットガルト市で開かれた10年に一度のIGA EXPO93国際園芸博覧会に「由利ばら部会」から二人が2点を出品、何と2名が同時に金メダルを獲得する快挙を成し遂げた。由利ばら部会の実力は、国内を飛び越えて、一気に国際レベルに達し、バラ栽培の魅力と無限の可能性を一気に高めた。

 今、秋田の農業は、次世代型水田による稲作をはじめ、施設型の野菜、花きなどの高収益型農業や新たな特産物への挑戦など、こうした新しい農業へのチャレンジが、21世紀の新たな歴史を刻むことだろう。

新世紀あきたの農業・農村ビジョン

 2000年(平成12年)からスタートした「新世紀あきたの農業・農村ビジョン」は、4つの基本理念を掲げている。

1.農業県秋田では、多様な農産物等が生産されており、その付加価値を高め販売することが、農業振興の面からも、県経済の活性化の面からも重要な課題である。
 秋田県の恵まれた資源と高い技術力、情報を駆使して、県内外へ発信できる秋田らしい食・農産業の創造が、今求められている。

2.秋田県農業のさらなる発展を期すためには、稲作の高い生産力を維持しつつ、コメ以外の作目の生産拡大が課題となっている。
 県内のそれぞれの地域の特性を生かし、環境との調和にも配慮しながら、農業者や農業者組織の自主的で創意に満ちた新しい作目への挑戦などにより、力強く発展する農業の確立が、今求められている。

3.農村は、個人のライフスタイルに基づいたゆとりある生活の場として見直されているが、中山間地域を中心に、若い担い手の不足、高齢化などに伴う活力の低下が緊急の課題となっている。
 住みやすい環境づくりに取り組むとともに、農業者と非農業者、男性と女性、若者と高齢者などの農村に住む人々が、その能力を発揮しながら共生する潤いに満ちた農村社会の構築が、今求められている。

4.県土の保全や憩いの場の提供、文化の継承や教育機能などを通じて、農業・農村は県民の日々の暮らしと密接に結びついている。
 こうした農業・農村のいわば恵みを県民が等しく享受し、風土に根ざした秋田らしい地域社会を築き上げるために、幅広い県民の参加のもと、ともに歩む開かれた農業・農村が、今求められている。