菅江真澄と奈良家 旧奈良家住宅 関連ページ 漂白の旅人・菅江真澄

 旧奈良家住宅(昭和40年、国の重要文化財に指定)・・・江戸時代中期の宝暦年間(1751〜1763)に9代目喜兵衛によって建てられた。この屋敷を建てた棟梁は、土崎の間杉五郎八で、3年の歳月と銀70貫(現在の約6000万円)を費やしたと言われる。建坪は、128.5坪。建物の両端が前面に突き出す形は「両中門造り」と呼ばれ、秋田県中央海岸部の代表的な大型農家建築物。正面左側が上手中門、右が下手中門になっている。

  現在、秋田県立博物館の別館として一般公開されている。(無料、休館日は月曜日)。旧奈良家住宅のような「両中門造り」は、秋田県と山形県庄内地方の特徴で、秋田の中でも中央部の南秋田郡、秋田市、河辺郡、由利郡の一部に限られている。
 入口の右側に受付がある。ここで「旧奈良家住宅」のパンフレットがもらえる。左上の額は「秋田市ふるさと百景の認定証」  土間の左側には、旧奈良家住宅の説明板や古い農具が展示されている。
 まや(馬小屋)・・・土間の右側が馬屋(まや)。農家の「中門造り」という形態は、雪との大きな関わりがあったと言われている。つまり、屋根から落ちた雪により出入り口から直接冷気が入らないような構造になっている。一般的には、主屋から曲がりを直角に突き出したL字型をしている。この突き出した所には、出入り口と通路、馬屋をとっている。この突出部を「馬屋中門」と呼ぶ。旧奈良家住宅の下手中門は、馬屋中門と同じ配置である。
 左:堆肥などを運搬したソリ。 右:ワラ細工に使われたヨコヅチとワラ打ち台。
 土間の大黒柱・・・左の太い八角形の大黒柱に注目。世界の建築家ブルーノ・タウト(1880〜1938)が奈良家住宅を訪れ「太い柱が何本もある入口の土間が一番すぐれていた」と記している。大黒柱という呼び名は、もともとここに大黒様を祭ったことから名付けられた名称だが、後に家の中で最も大事な柱という意味に転化した。
 炉・・・大黒柱の北側に大きな炉を切り、カマドを据える。左奥は、流しと湯殿。手前の土間を「ニワ」とも呼んだ。雪国の農家は、ニワ土間が特に広く、建築面積の半分以上を占めるものも少なくない。これは、作業・貯蔵・飼育・通路などの多目的な機能をもった空間だからだ。黒光りした梁や柱、板敷き、土間・・・全てが長い歴史と民俗文化の重さを感じさせる。炉は、一般に「土間囲炉裏」とも呼ばれ、馬の飼料や味噌用の豆、山菜などの煮炊き用から暖房用、照明用として使用された。農作業着のまま、炉に足をかざし語らったことだろう。
 裏口・・・屋内の作業場として使われた土間の右側が裏口になっている。
 稲部屋・・・土間の突き当たりに、稲部屋がある。これは、刈り入れた稲を脱穀までの間置いたところ。上部は吹き抜けで、空間的には土間と一体であり、この境に八角形の小黒柱が立っている。古い民具や農具も往時のままに保存されている。
 からうす場・・・脱穀したモミを左にある「からうす」を上下させながら、モミガラと玄米とに分ける。この作業をしながら「臼引き唄」を歌った。
 おえ(土間から゛おえ゛を写す)・・・接客用の部屋。中央に囲炉裏を切り、以前は板敷だったが、江戸末期から明治初期にかけて畳を入れた。
 台所・・・現代的な意味では、食事の調理をする場所と思われがちだが、大半の農家は、家族の居間と台所を兼ねた部屋を「台所」と呼んだ。中の囲炉裏は、炊事用、暖房用として利用された。今は吹き抜けになっているが、江戸時代末期までは中二階になっていたという。今でも、往時の生活の臭いを感じ取ることができる。
 なんど・・・主人夫婦の寝室。布団を入れる押入れもある。階上は女中部屋で物置がわりにもなった。
 中座敷・・・身分の高い上客の部屋。この右側が上座敷になっている。上座敷には、床の間と仏壇を置いている。座敷の南側(正面)は庭園で、池を掘り、築山を築き、農家の庭園としては凝っている。
 旧奈良家住宅の広い敷地内には、たくさんの付属施設がある。 味噌蔵・・・明治7年に建造された土蔵造りの建物。付属施設の中では、最も古い。
座敷蔵・・・明治23年に建造された土蔵造り二階建ての建物。 米蔵・・・秋田県の代表的な地主であった旧奈良家にふさわしい規模の大きな米蔵。
旧明治天皇北野小休所・・・明治14年に建造された木造平屋建の建物。 和風住宅・・・明治28年に建造された木造二階建ての建物。一階は二つの座敷、二階は前室と一つの座敷からなっている。
 管理人は、毎日炉に火を焚き茅葺き屋根を煙でいぶす作業を続けている。これをしないと、茅葺き屋根はすぐに腐ってしまう。
 炉で薪に火を点けた煙は、広い土間の空間をゆっくりいぶしながら、天井へ抜けていく。それがために、全ての柱は黒く光っている。旧奈良家住宅は、近世農村の生活と民俗を実際に肌で感じることのできる貴重な大型農家建築物である。

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