大潟村環境創造21 新たな農村づくりに期待

日本農業新聞「論説」 2001.6.2

 大規模農業を展開する秋田県大潟村で三十日、農家や大学の研究者らが集まって環境保全型農業・生活を実践する宣言集会が開かれる。二十一世紀の農業・生活のモデルを村挙げてつくり出し、全国に波及させていこうという壮大な実践だ。一九九七年の年末に若手の農家が村の将来を考えて行った討論集会が、四年間の実験的な取り組みを経て新たな段階に向かって動き始めた。足元からの農業・農村改革として注目したい。

 大潟村は、秋田県西部の八郎潟の干拓地に、六四年に建設された。食料増産という国の施策に基づいて全国から入植者が募集され、米単作の大規模機械化農業のモデルとして、輝かしいスタートを切った。しかし、国の減反政策とその後の強化策をめぐって村が二分、減反順守派と非協力派に分かれ激しく対立した。村にはその〃しこり"が今でも残っているが、食管法の廃止とそれに代わる食糧法の施行など農業を取り巻く環境の激変に、村の農業の将来を心配して開かれたのが若手農家の討論集会だ。

 二世らの討論は白熱した。感情的な議論もないわけではなかったが、「村の農業全体が生き残っていくためには、減反問題の〃しこり"はマイナス要因でしかない。互いに知恵を出し合う時だ」と、討論集会を企画した若手農家が説いていたのを思い出す。こうした熱い思いをその場限りとしないで、大潟村の農業の変革に結びつけたいと、村に学舎のある秋田県農業短大(現秋田県立大学短期学部)の研究者らが今度は動いた。九八年夏、大学側から共同研究として提案されたのが、環境保全型の農業・生活研究プロジェクトだ。

 干拓地である大潟村は、残存湖の八郎湖に生活や農業用水を依存している。環境と調和した農業・生活を実践することは、子どもたちの将来にかかわる問題との認識が、以前からあった。JA店舗では早くから台成洗剤の販売をやめていたし、女性たちがせっけん作り運動などに取り組んでいた。プロジェクトはそうした実態を明らかにするとともに、農法実態調査を行った。その結果、水稲作付面積(約八千ha)の六割以上で減農薬無化学肥料栽培を、すでに実践していた。

 今回の宣言は、個々のこうした取り組みを、村全体で方向付けながら行うことによって、新たな村づくりを目指している。今まで以上に、ごみ・水・エネルギー・化学物質など身の回りの環境問題を注視し、農業でも安全性と品質によりこだわった農業を、村挙げて実践していく。足元からの改革を確かなものとするため、農家や消費者、研究者らで運動の実践母体となる「大潟村環境創造21」を設置する。全体の調和を図りながら、取り組みのノウハウを一つひとつ全国に公開し広めていくという。

 閉そく状況にある日本の農業・農村。その打破に向けてこの運動がいま、何を問いかけているのか考えてみたい。

モデル農村新たな一歩 "環境創造型〃推進を宣言 

秋田さきがけ 2001.7.1
環境と調和した農業の実践-をうたい上げた「環境創造型農業」宣言式=大潟村・サソルーラル大潟

 環境と調和した農業の実践を目指す「21世紀大潟村環境創造型農業」の宣言式が30日、同村のサンルーラル大潟で開かれ、村民のほか県内や首都圏から農家や消費者ら300人が出席した。

 宣言委員会の戸沢藤彦委員長が「大潟村の農業者は、環境と調和した農業と暮らし方をつくり出す運動を始める。全国から指示されるような日本農業と農村のモデルを大潟村から発信していきたい」とあいさつ。

 続いて高橋浩人副委員長が「環境負荷をできるだけ減らし、自然を豊かに保つことが農業者の社会的責任であると自覚し、よりよい環境を創造する農業を実践する」との宣旨文を読み上げると、会場から大きな拍手が沸いた。

 この後、村内の農家らをパネリストに「環境創造による新しい村づくり」をテーマにパネルディスカッションが行われた。

 この日に向けて村内の若手農業者らが中心となり、宣言委員会を設立し準備を進めてきた。今後は「大潟村環境創造21」委員会が中心となって活動を進める。同委員会には既に村内農家二十人が参加している。

 宣言内容の実現のため、委員の農家それぞれが「除草剤や農薬を使わない」「八郎湖の水質向上のため、流入河川の上流にブナを植える」などの取リ組み目標を設定。負荷低減への貢献度を評価する「農業評価」制度を導入し、活動の成果と進ちょく状況を定期的に自己評価するとともにホームページで公表する。

 農家に限らず、消費者や生活改善グループなど、広く参加を呼び掛けていくことにしている。