代かきを終えるといよいよ田植えである。昔の田植えは、今と違って水苗代で作った苗なので、5月中に田植えをするのは無理、6月中旬頃であった。カゴで苗を運ぶ若者、型枠を回して型をつける人、上手に田植えをする早乙女たち、それこそ猫の手も借りたい忙しさがしばらく続く。農村に活気がみなぎる季節である。
 昭和40年頃から長辺100m、短辺30mの30aの区画整理が始まった。そして、昭和42年ころ、長い間、農民はもちろん、農業関係者の夢であった田植機が秋田に登場した。重労働からの解放と生産性の飛躍的な向上は、農民たちの熱意と土地改良技術の飛躍的な進歩によって成し遂げられた。

苗取り作業…苗代で育てた苗を抜き取って、稲ワラで束ねる。 田植をする老農夫。昭和30年代、雄勝郡内。
田植え作業…代かきされた田面に植形をつけ田植えをする。田植えは女性の仕事で共同作業である。耕地整理前は、植形を使わないで、後ろに下がりながら植えた。 田植えのころ…男の人が型枠を回して型をつけたあと、早乙女たちは苗かごを腰につけ田植えする。一年のうちで最も忙しいときで、子供たちも手伝いにだされる。仕事の間には、ひと休みして世間話に話がはずむ。千畑町郷土資料館蔵。
井桁ぐみ型枠…角数は8角で丈夫に作られている。秋田市上新城愛郷館蔵。 人気を呼んだ自在型付機…外側が円形なので回転し易い。また、縦と横との間隔も自由に調整できたことから人気を呼んだ。県南の十文字鉄工所で開発されたもの。
自在型付機と田植。昭和30年、平鹿郡旭村。 8角の型枠…明治の後期になると田植型枠機という便利な道具が導入される。植え付ける場所が分かり、縦と横の線が真っ直ぐになることから、田植後の管理もし易く、収量もアップした。
田植えの風景…苗を投げるのは子供の仕事だった。それを受けて早乙女たちが田植えをする。 全体が鉄製の型付機。取っ手を持って引っ張ると回転する爪で田んぼの土が盛り上がる。その土の上に苗を植えるので型付けと田植えが楽で人気があった。昭和40年代。
さわやかな6月の風を受けて、早乙女たちがきれいに田植をしてゆく。後方には、代かきや苗運びの姿が見える。昭和25年ころの秋田県内の田植の状況を描いた版画。「勝平得之創作木版画」
乗用田植機での田植え作業。わすが数十年で、これほどの劇的な変化を遂げるとは誰も予想できなかったのではないか、と思うほどである。 長い間、農民の夢であった田植機が導入されたのは昭和42年ころ。30a区画の県営ほ場整備が始まったのが昭和39年、ほ場整備の進展と農業の機械化は、農家を重労働から解放する大きな効果をもたらした。