10日ぐらい乾燥したら、取り外してワラで束ねる。束ねた稲は、家族総出で馬車やリヤカーを使って家まで運んだ。一度に脱穀できないので、一時期の保管方法として稲積みをつくる。たいていは、家の前の排水のよい空地に、全体の形を円錐形になるようにし、上になるほど太く大きくする。上にノマをかけて雨水がしみこまないよう十分注意した。
 この頃から朝晩寒くなってくるが、いよいよ室内作業に移る。天候に左右されないものの、脱穀作業をはじめ大事な仕事が毎日のように続く。脱穀は、家の中の庭で行う。朝は3時ころ起きて、千歯扱きで一把一把ていねいにモミを扱きおとす。なかなか力と要領のいる仕事であった。

稲運び作業…馬の背中につけて運ぶ。馬車やリヤカーで運ぶ場合もある。 モッコで稲運び。昭和20年代、仙北郡内。
リヤカーによる稲運び…親子総出で、昭和30年代、平鹿郡内。 家路を急ぐ馬車での稲運び。昭和40年代、平鹿郡内
荷車…稲運びはもちろん、肥料や米など使い道は広かった。秋田県立博物館蔵。 大正後期の足踏脱穀機…佐藤式稲扱機で横手町の製作らしい。千畑町郷土資料館蔵。
足踏式脱穀機、秋田市上新城愛郷館蔵。 戦後、鷹巣町で作られた辻式ユナイト脱穀機。風車で選別するという改良が加えられ、性能が良く県内でも広く農民の間で使われた。
大豆の脱穀…ほどよい角度に湾曲した棒で豆殻を叩いて脱穀する。 マトリ…又振りともいう。江戸時代から大正時代まで、主として雑穀の脱穀に使用された。千畑町郷土資料館蔵。
脱穀作業…よく乾燥した稲を千歯扱で脱穀し、モミ押して脱粒する。そのあと箕でモミとワラクズを分ける。