亀田藩地区展示施設の紹介

田園空間博物館の概念
エリア設定

 亀田藩時代のエリアである岩城町、大内町、本荘市子吉川右岸の1市2町の範囲。

 亀田藩時代に、地域の厳しい自然条件を克服しながら新田開発に取り組んだ歴史を再発見、再評価し、亀田藩の優れた史跡と伝統的な堰、ため池、歴史的な田園景観、伝統文化など、「史跡と田園の里」づくりをめざした保存復元を図り、都市との交流を促進する。

亀田藩の概要

 亀田藩は、もともと所領が少なく、2万石を切り、藩財政も乏しかった。

 そこで稲作を奨励するとともに、新田開発を積極的に展開した。現在の海岸から山手に広がる田園景観の原型は、この時代つくられたものである。

 新田開発に伴う堰の開削やため池の築造などの産業遺産や五穀豊穣を祈る祭り、岩谷麓の奇習・ワタワタ、なまはげ、番楽などの伝統文化が保存伝承されている。

 日本三大観音の一つとなっている赤田の大仏や亀田藩時代の史跡保存伝承の里・天鷺村、折渡千体地蔵など、優れた史跡も多い。

 亀田藩の総合案内所(コア施設)は、エリアの中心に位置し、核となる施設が乏しい大内町に設置、伝統的なため池の水辺環境整備、史跡を中心とした公園、景観保全、各種サテライト施設を結ぶ散策の道などを整備する計画である。

内外に開かれた田園空間を提供

現 状
@. 岩城町では、地域に埋もれた歴史、伝統文化、史跡を掘り起こし、それを保存復元した天鷺村を核に地域の活性化を推進してきた。
A. 交流は、主に秋田市を中心とした県内にとどまり、秋田空港から近いメリットを生かし切れていない。
B. 各市町村が個々に対応していたのでは、メニューも乏しく、インパクトに欠ける。

課 題
@. 昔から歴史的なつながりをもつ亀田藩の領域全体で連携し、秋田空港や高速交通体系に恵まれた立地条件、史跡と優れた自然、田園空間を活かし、県内だけでなく、全国の都市との交流が課題。
A. 本荘市では、県立大学が開学、その周辺が担い手育成基盤整備で近代的なほ場に生まれ変わろうとしていることから、歴史的な景観をどう保存し、次の世代へ継承していくかが大きな課題。
B. 大内町では、農村多元情報システムによるノウハウはあるものの、情報の収集や提供が町内に止まっていることから、広域的な情報の共有化と全国への発信が課題。

 こうした現状と課題を克服するために、亀田藩時代の1市2町が連携した広域的な「史跡と田園」の保存と復元を図り、内外に開かれた魅力ある田園空間を提供する。

亀田藩地区展示施設の紹介