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 2002年11月28日、大韓民国視察団一行4名(外通訳1名)が「大規模干拓関連環境保全実態調査」のため、海外干拓の先進地である秋田県を訪問。八郎潟干拓の概要や八郎湖の水質保全対策、八郎潟基幹施設の管理などについて精力的な視察を行った。

 主な視察先は、秋田県庁、東北農政局男鹿東部農地防災事業所、寒風山展望台、干拓博物館、八郎潟基幹施設管理事務所、防潮水門の工事現場など。
 午前9時、大韓民国視察団一行は県庁を訪れ、品田農林水産部長を訪問。今回視察の目的や大韓民国の干拓の現状と課題などについて意見交換が行われた。
 大韓民国視察団一行は、農林水産部農地整備課と生活環境文化部環境政策課、東北農政局西奥羽土地改良調査管理事務所から、秋田の農業農村整備や八郎潟干拓事業の概要、八郎湖の水質保全対策などについて説明を受けた。

主な八郎湖の水質保全対策は、
・周辺流入汚濁負荷量の削減・・・生活排水処理普及率67%(全県54%、平成13年度末)
・干拓農地汚濁負荷量の削減・・・不耕起栽培、無代かき栽培など環境保全型農業の推進
 (平成13年6月30日、21世紀大潟村環境創造型農業宣言)
・湖内対策・・・防潮水門全面可動堰化(平成12年〜19年)
・西部承水路対策・・・レイフリクターの設置、水の入れ替えによる水質改善
・八郎湖の水質保全手法を確立するための各種調査の実施
・八郎湖の水を考える集いや副読本の作成、水生生物調査など啓発活動、環境教育の推進
などについて詳細な説明が行われた。

 視察団から「化学肥料、農薬の使用と八郎湖の水質汚濁の関係」について質問がなされた。もともと八郎潟は多量の腐葉土が堆積してできた土壌で、化学肥料や農薬の使用量は全国平均より著しく少ないのが特徴。県農試大潟農場で行っている水稲三要素試験結果でも、肥料成分が少なくとも収量はほとんど変わらない事が立証されている。
 東北農政局男鹿東部農地防災事業所を訪問。梅津所長から、日本第二の湖だった八郎潟がどのようにして干拓されたか、現在防災事業として実施・計画している防潮水門、南部排水機場、北部排水機場の概要について説明がなされた。
 あいにく悪天候だったが、八郎潟の干拓地を一望しようと寒風山展望台へ。上の写真は、展望台の外で記念撮影をしているところ。
 午後、世紀の大事業を未来に伝える「大潟村干拓博物館」を視察。館内には、頭上の海面、潟の記憶、豊かなる大地、大地創造劇場などの展示があり、八郎潟干拓と大潟村誕生の歴史が全て理解できる。上の写真は、視察団一行が戦前の干拓案やオランダのヤンセン案などに強い興味を示している場面。
 干拓前の八郎潟と現在の大潟村を説明しているパネル。
 八郎潟は東西12km、南北27km、面積22,024haを有し、琵琶湖に次ぐ日本第二の広さを誇る湖だった。水深は最も深いところで4〜5mに過ぎず、湖底は平坦で大部分はヘドロと呼ばれる大変肥沃な土壌で、干拓地としての可能性を秘めていた。それだけに江戸時代、新田開発に半生を賭けた渡部斧松の八郎潟疎水案以来、幾度となく計画されたが実現に至らず、戦後に至るまで夢のままに終始していた。
 八郎潟干拓地全景
 1956年、オランダの技術援助を受けて「干拓事業計画」を完成させ、1957年「国営八郎潟干拓事業」に着手。工事は、まず堤防の51.5kmの堤防を造って中央干拓地を囲み、その中の水をポンプで排水した。特にヘドロ層の上にどのようにして堤防を築くかが最大の難点だった。ヘドロを砂で置き換える「砂置換工法」など世界の最新土木技術を導入して行われた。1966年に干陸、新たな湖底の村づくりがはじまり、1977年に「新農村建設事業」が完了した。
 豊かなる大地・・・湖底のヘドロに悪戦苦闘した当時の営農をしのぶことができる。
 入植者お茶の間劇場・・・第一次入植者達が、ヘドロの克服、直播きの失敗、手植えなど様々な困難を乗り越えながら大潟村を築いてきた姿をコメディタッチで描いている。
 韓国がキムチ、秋田ならばどんな名産に興味を持つのだろうか。産直センター「潟の店」で熱心に見入っていたのは、秋田の伝統的な漬物「いぶり大根」だった。
 八郎潟基幹施設管理事務所を訪問。湊所長より八郎潟基幹施設の概要と管理について、パソコンを使ったプレゼンテーション方式で分かりやすく説明が行われた。
 新しく生まれ変わった南部排水機場は、平成13年9月から供用開始。事務所では、防潮水門、南部排水機場、北部排水機場、浜口機場、方口排水機場、幹線排水路、水位・雨量を観測するテレメータなどの基幹施設を維持管理している。
新・南部排水機場。手前の水路が中央幹線排水路。北部排水機場と合わせて海抜ゼロメートルの大潟村を守り続けている。 4階監視塔から干拓地全景を見渡し、管理の詳細について説明を受けているところ。
現・北部排水機場 新・北部排水機場イメージ図
 防潮水門の改修工事現場
 八郎潟干拓事業で造成された基幹施設のうち、防潮水門、南部排水機場、北部排水機場は1983年の日本海中部地震などを契機に施設の劣化や機能低下が著しく、大潟村及び1市9町を含む広域災害を未然に防止するため、「男鹿東部地区」国営総合農地防災事業(予定工期:1996年〜2007年)を実施している。
 新・防潮水門イメージ図。全面可動堰、幅350m。両サイドに魚道と船通しを計画している。防潮水門は、海水を遮断し調整池の水位調節と淡水化を図っている。

取材・編集 秋田総合農林事務所土地改良課

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