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湖底の村づくり
Village-making of the lake bottom Part 3

「おれは物置から種モミを出して調べた
固くにぎりしめてみる
しっとりと充実したおれの黄金の宝石
土と水と太陽の傑作だ
労働と知恵、喜びと哀しみの結晶であり
民族の命と文化の根源だ
おまえがその一粒一粒の中に秘めている生命力
芽を出し、葉を出し、米を実らせる
おまえがその一粒一粒の中に見えている可能性
根を張り、水を吸い、太陽を奪って
米をつくるのだ。」
・・・先進干拓地と言えども、何年かの血を吐き骨を削る苦労の末報いられたものである」

(「八郎潟新農村建設事業団史」、回顧編、第2次入植者 菅原 繁)

「・・・いま新農村建設事業が進んでおり、やがて多くの生命財産がここに定着するであろうが、人々はいつも頭上の高さに日本海の水面が広がっていることを忘れてはならない」(干拓記念碑碑文より)

村の代表イベントであるソーラーカーラリーで夢の車が列をなしていた。
平成5年から開催のソーラーカー・ラリーは、平成11年から一般・高校と全日本学生大会との同時開催。延長31キロの世界初国際ソーラーカー連盟公認コースで毎夏開催されている。
どこまでも青く晴れ渡った空の下で、ソーラーカーに手を振るオランダ娘たちの国際色豊かな一こま。
かつての湖底にそびえる高層建築「サンルーラル大潟」を菜の花が囲み、鯉のぼりが風になびき近代ヘリが舞う、他にない光景。 村の人口も3、300人を越え、季節に合わせた行事も数多く「ふるさと祭り」は冬の楽しみの一刻となっている。
海外知名人と名刺交換するなど考えられたことだろうか・・・ 大潟村自慢の「ポルダー潟の湯」(温泉)は500万年前の海水の地層水が源泉で、まさに湖底からの贈り物。
水と緑と空が良くマッチする村となった。 入植記念碑「煌風の途」に全員の銘を刻み、永遠の繁栄を祈念している。
乾燥促進で牧草反転に用いる「テッカー」から、ふと湖底に放置された昔日の漁網が目に浮かんだ。 村の南端の未利用地では、四季を通してラジコンヘリがけたたましい唸りをあげている。
物静かな雪の中に眠る季節。農作業から開放され、残存湖の氷上で釣りをのんびり楽しむ光景。 潟船の姿は消えたが、季節ごとに彩りを変え安らぎを与えてくれる。中央幹線排水路。
友好都市宣言のレセプションでオランダ公使夫人が感嘆したのは日本の伝統文化だった。 芝生の上をはしゃぎ廻る現代の大潟っ子。
2000年、かつて日本第2の湖だった新生の大地゛大潟村。゛今では農業のメッカとなっているが、その栄光の裏に隠された苦難と歓喜に満ちたドラマを、この子どもたちにぜひ語り伝えていきたいものである。
 和田正明八郎潟新農村建設事業団理事長は、「今後の大潟村の展望」と題して次のように記している。
 「昭和43年8月、私が着任して初めて見た干拓地は、広大な葦原であった。
 ズブズブと足がもぐってしまうような湿った土地であった。・・・

 営農の初期には、直播がうまく行かず、捕植のための苗集めに奔走したこともあった。
 軟弱なヘドロ土壌のため、トラクター、コンバイン等の大型機械が土の中に沈み込んでしまい、引き出すのに苦労したこともあった。
 収量も低く初期の入植者には多くの苦労が伴った。
 直播栽培が失敗したことを指摘して、八郎潟農業は失敗であったとする人があった。

 ・・・10a当たり収量が450kg水準を越えるようになったのは、昭和46年以降、つまり第4次の入植者の営農が開始されて以降のことである。」

 新しい村をつくることの問題点、難しさを次のように述べている。

 「一つには、出身地が全国に及んでいることもあって共通の思い出を持っていないこと。
 二つには、必ず頭を下げて居ずまいを正さねばならぬ相手が村内に一人も居らぬこと。
 三つには、まとめ役になる人物がいないこと。
 など数え上げれば数限りない。
 ・・・まだ村落としての魂が入っていないようである。

 ・・・最近K紙に連載された「実験村のなかで」と題する記事には、大潟村にはタテ社会はなくヨコ社会がある旨のことが書かれている。
 ・・・私の見るところ大潟村は、ヨコ社会でもなくて、一人一人が独立して雑居しているところと見ている。又ある人は、大潟村の人は議論することが趣味なのだという。

 ・・・多くの自然発生的部落と違い、新しく村を作ることは誠に大変かつ困難な課題であるようだ。

 ・・・現在は縦横に道路が通じ、防風林のポプラも立派に育って、木の間がくれに各種の施設が望見できる。この肥沃な土地を15haも所有している入植者の社会的信用度は高い。
 このことは入植者にとって貴重なことであり、自信と誇りを持って行動することを忘却してはなるまい。
 入植者全員が広い視野と長期的展望に立って、多くの壁に立ち向かい開拓者精神を発揚して自ずからの前途を切り拓いて行くことであろう。又それを期待しているものである。」

 -----それにしても、決して平坦な道ではなかった。

 われわれは、「おおがたの記憶」に学び、
 自信と誇りをもって21世紀の秋田県農業農村の未来を
 創造していきたいと思います。

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