食文化MENU

 なめらかな舌ざわり、淡白でつるつるした味わいのある稲庭うどんは、四国の讃岐うどん、名古屋のきしめんとともに、日本三銘うどんの一つとして知られる干しうどんの逸品である。秋田県稲川町稲庭地区は、うどんづくりの里として知られ、各店が江戸時代から伝わる技に工夫を重ね、その味は全国的に高い評価を受けている。
 稲庭うどんが誕生したのは江戸時代初期のことである。当時、小沢地区に住んでいた佐藤市兵衛という人が、地元産の小麦を使って干しうどんや各種麺類を製造。その味は比類なき上品と称せられるほどだった。その後、佐藤吉左衛門がその技を引き継ぎ、さらに技術改良に努めた結果、藩主の御用を賜るまでになった。
 当時は生産量も少なく、庶民の口に入ることの少ない高級品だった。特産品として知られるようになったのは、明治以降のこと。宮内庁への献上や各博覧会などで数多くの賞を受賞。一子相伝と言われるうどんづくりの技と心は、今も脈々と稲庭の里に受け継がれている。

稲川町で栽培されている小麦。その昔、当地が良質の小麦の産地だった。今、地元産の小麦で作る新たなうどんづくりが始まっている。 延ばし…うどんに強いコシがあるから手延べができる。生地の熟成度、乾燥度を見ながら一気に引き延ばす「延ばし」の作業。
手綯い…手練り、小巻きの作業を終えると、二つの棒に綾掛けしながら綯う。太さが均一になるように気をつけながら手綯いする。この後、少し時間をおいて熟成させ、生地の真中のローラーで平たくつぶす。そして「延ばし」の作業へ。 これは宮内省に稲庭うどんを上納したことを表す覚書。ほかにも明治時代に受注した覚書など数々残っている。
宝暦2年(1752)には藩主の御用を賜り、「御用饂飩(うどん)所」の看板を掲げた。 昔ながらの技を守り続けることによって保たれてきた稲庭うどんならではの味わい。細めながらコシが強く、喉ごしが極めていい。
近代化が進む中で、昔ながらの手づくりにこだわり、その技法を守り続けてきた稲庭うどん。一度食べたら、その美味さを誰もが絶賛する。一般的に冷やしざるうどんにどにして食べるが、温かいつゆに入れても美味い。
江戸時代から変わらぬ手づくりの風味・稲庭うどんの製品は、「秋田の物産カタログ」に掲載されている数だけでも稲川町14種、横手市3種、湯沢市2種、計19種類に及ぶ。

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