食文化MENU ブリコがすくすく 味わい深い郷土食

 「秋田名物八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ」と秋田音頭にも謡われたハタハタは、江戸時代以前から秋田の食卓になじみの深い魚である。冬の雷が鳴る頃にハタハタが沿岸に集まるので、別名「カミナリウオ」とも呼ばれている。
 海が荒れる危険な時期にもかかわらず、ハタハタ漁は、慶長年間の文献にもその名が登場し、献上品としても200年間にわたって秋田の特産品を代表してきた。かつては、豊漁が毎年続き、捕れ過ぎで価格が暴落、「箱代にもならない」と言われるほど大漁貧乏が続いた時期もあった。
 だが、長い歴史を誇るハタハタ漁だが、開発による海洋環境の変化と乱獲などがたたって激減、大衆魚から高級魚になってしまった。平成4年、3年間の自主禁漁に踏み切り、禁漁期間中は、稚魚の放流が行われた。「育てる漁業」の実践である。
 解禁後も漁獲量の割り当て配分が行われ、確実にその数を増やしている。過去の大漁は、もはや昔話だが、ハタハタの大群が怒涛のように押し寄せる日を漁民はもちろん、県民も心から夢見ている。
(参考:「ふるさと通信・秋田を味わう」、八森町、男鹿市パンフレット)

ハタハタ…上がオス、下が「ブリッコ」と呼ばれる卵を持ちメス。メスはオスよりひと回り大きい。(写真:杉山秀樹) ハタハタの本場・八森海岸…冷たい風と雪の季節になると海は朝からシケる。鉛色の空に雷が轟き、大波に乗ってハタハタの大群がやってくる。秋田県人にとって、ハタハタは郷土の味、おふくろの味でもある。
戻ってきたハタハタ…自主禁漁と漁獲割り当てによって、ハタハタは徐々に回復している。 寒さが厳しくなると、ハタハタ漁で賑わう。平成7年の解禁後も、資源を残しながらの漁が模索されている。
ハタハタは県内全域で1年を通して食べられてきた。雪に閉ざされる冬の貴重なタンパク源だったこともあり、保存食も数多く生み出され、伝承されてきた。 塩魚汁(しょっつる)貝焼き…塩魚汁は、ハタハタ鍋に欠かせない調味料である。ハタハタを塩漬けにし、発酵させて作る上澄駅液で、かつては、各家庭の主婦の腕前を見せる自慢の味であった。
塩焼き、田楽、塩味・味噌味・醤油味のハタハタ汁、塩魚汁鍋、ハタハタずしなど刺身以外、様々な調理法がある。 正月料理には欠かせないハタハタ鮨…塩と米と麹で漬け込み、発酵作用を生かした「なれずし」の一種。師走になると、各家庭でハタハタ鮨づくり取り掛かるのが習わしだった。
ハタハタ鮨は、昆布の旨味や柚子の風味が染み込み、麹や飯米で甘味が引き出される。 ハタハタ寿司と塩魚汁のタレの効いた鍋セット…仁賀保町
おいしい米と新鮮なハタハタの生み出した伝承の味・はたはたずし…八森町
ブリコが すくすく 秋田さきがけ2001.2.21
漁網の人工藻場に産み付けられたハタハタのブリコ
=潟漁港沖の水深約3.5m

 象潟漁港(象潟町)の防波堤近くの海中で、人工藻場に産み付けられたハタハタのブリコ(卵塊)を秋田市のダイバーグループ・秋田マリンダイビング(子吉和典代表)が撮影した。

 撮影場所は漁港から約五十−百m沖の深さ三・五mの海中。今月十日に五人のダイバーが現場に潜ごろブリコは既に発眼しており、子吉さんは「当日の海は大荒れで、自分の手の先が見えないほど視界が悪かったが、一部ふ化した稚魚も確認できた」と話している。

 人工藻場は、地元の漁業者でつくる象潟水産学級がハタハタの産卵場拡大を目指し、漁網を組み合わせて昨年秋に海中に設置していた。

 グループは自然観察を目的に、十年ほど前から男鹿市や八森町沿岸でハタハタの生態を写真やビデオで記録し続けている。

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