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秋田県仙北郡 太田町

太田町は、秋田県の穀倉地帯である仙北平野に位置し、東部は薬師岳を始めとする1,000m内外の山々が連なる奥羽山脈を境にして岩手県と接している。
 豊かな自然、温泉などの資源を活用した交流の森、ふれあいの里と温泉施設の整備により町の特性を生かした交流体験・保養・休養・野外活動などの滞留型基地の確立を21世紀に向けたまちづくりの基本としている。
 豊かな田園・散居集落景観の維持保全を図るため「トパーズサウンド・おおた−田園と花色のまち」をテーマに、花と緑に囲まれた農村アメニティを形成している。

(1996年度アメニティー・コンクール優秀賞 鎌田 記)

< 春 >
 町道に設けられた植樹帯の管理作業。老人クラブが主体となって行われている。
 集落の入り口に住民によって設けられたスイセンロード。
 スイセンは、雪国に春をつげる花、これが咲くとようやく春がやってくる。
 タウンセンターの太田中学校の花壇、「花色のまち」のシンボル。
 周囲には、役場、農協、診療所、郵便局、銀行、小学校などがあり、あたり一帯がはなやいでみえる。
 東にそびえ立つ奥羽山脈。山裾には太田四季の村。西には開けた散居集落と田園。
 写真中央部は、役場、中学校、診療所、戯協などが集積したタウン・センター。右端には町民のスポーツ・レクリエーションの拠点、野球場・体育館・横沢公園がみえる。
 カントリーエレベーター、農業倉庫などが立地する農業団地センターを背景に、大型田植機による田植え。
 自然との調和の中に、近代的農業が行われている
 修学旅行の農業体験学習で訪れた東京都葛飾区立奥戸中学校の田植え手直し作業。
 初めての体験でとまどった様子。足の抜き差しがままならないようである。受入れた農家との文通が続いている。
< 夏 >
 太田中学校の花壇。生徒が課外や夏休みに熱心に育てている。そのかいあって、全国学校花壇コンクール、花のまちづくりコンクールで表彰を受けている。 
  町民の憩いの場、中里温泉・ふるさと館の側に、これも、住民の手によって設けられたヒマワリ園。
 地域住民が植えたもの。
  標高約1,100mの薬師平、ニッコウキスゲの群落の中を行く町民登山のパーティー。
 ブナの原生林、カモシカなど俗化されない自然環境が大きな魅力。県外からも多くの登山愛好者が訪れるなど、隠れた「名山」となっている。
 町の中心部にあるウオーター・フロント「横沢公園」。清水が湧き出、昔から「堤頭」の愛称で親しまれている。
 付近には、体育館、野球場、多目的広場があり、スポーツ・レジャーの中央拠点となっている。
 これも、ウオーターフロント斉内川に設けられた河川公園。奥羽山脈からの清冽な水が田をうるおし、「農業の町太田」を支えている。
 この奥には、県下に知られた真木渓谷がある。川遊び、芋煮会、釣りなどで親しまれている。
 旧盆に神社に奉納される「ささら」。集落の家々を盆の精霊を供養しながら演舞する。
 夏の終りを感じさせる風物詩。これが終わるとそろそろ秋の収穫準備に入る。
< 秋 >
  町に二つある温泉の一つ、奥羽山荘・太田ふれあいの里のワイルドフラワー園。
 どの公共施設も、このように花と緑に包まれている。
 秋田富士の鳥海山、仙北平野を一望できる太田交流の森・大台スキー場からの眺望。
 各地からパラグライダー愛好者が来訪。冬にはスキー場としてにぎわいをみせ、スポーツ・レクリエーションの拠点となっている。
 太田ふれあいの里・くつろぎの広場でのグラウンドゴルフ。芝は在来の天然芝、木は町の木の赤松。公認グラウンドゴルフ場としては、日本一の広さをもっている。側には、温泉施改もあり、町民の憩いの場となっている。
  景観形成作物として転作田に植えられたコスモス。
 背景の山々とコスモスがマッチして、清涼な秋の風情、高原の雰囲気が楽しめる。
< 冬 >
 冬の日本海側は、暗くどんよりとした日がほとんど、また、運動不足になりがち。その暗さや、運動不足解消のため設けられた太田交流の森・大台スキー場。夜間照明付きスキー場としては、県内一の距離を持つファミリー向けスキー場。 町民の自慢の一つ。

 小正月行事の「天筆」。藁で積み上げた約7mの円錐の塔に火を放ち、長い竹棒の先に学業成就などの願いごとを書いた短冊を付け、正月のしめ飾りなどと一緒に焼く、伝統行事。
 各集落で細々とやられていたが、青年会の手で、太田の火祭りとして復活した。
  都市農村交流で訪れた都市住民が作った紙風船(熱気球的なもの、小正月行事)揚げ。
 冬に定期的に行われている交歓風景。
< その他 >
  アカシヤ林の前に建てられた町営住宅「さくら団地」」。若者の定住対策などのために建てられ、ふるさと館と(温泉施殻)と同じコンセプトでデザイン。
 農村景観を生かしながら、現代的な感覚をとりいれた住宅です
 かつて芸能が盛んだった集落の「さいさい」踊り。
 一時すたれたが、今は子どもたちの手で継承されている。
 本町の出身の鈴木空知画伯の手による法隆寺金堂壁画模本。
 この模本は、昭和24年に消失した法隆寺金堂壁画の真を伝える原寸大、全着彩の完全模本。明治40年から昭和7年の間に作成されたもの。町の文化財として保存、展示されている。
 ミネソタ大学秋田校との交流。
 作っているのは、紙風船。

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