山里の冬 山里の春 山里の花・夏 山里の秋

 「カントリー・ウォーク」という言葉がある。
 日本語で言えば、「農村を歩いて農村を楽しむ」あるいは「田舎を歩く」となる。
 大阪府立大学の桂教授は、「カントリー・ウォークの提唱」(新しい農村計画100号、農村開発企画委員会)で次のように述べている。
 「カントリー・ウォークの楽しみは、お金で買ったり、他から与えられるものではなく、自ら発見し創造するという性格のものである。はじめにありったけの知性と感性を総動員することになるが、カントリー・ウォークを繰り返すうちに知性や感性が豊かになり、やがて言うに言われない満足感や充実感が沸き上がってくる。…農村には、農業の営みがある。稲、野菜、果樹などが栽培され、家畜が飼育されている。農業用の機械や施設にも興味深いものがある。農業には季節性があり、四季折々の変化が楽しめるし、地域性もあるのでまさに多様である。…氏神や石仏、特徴のある建築様式、祭り、風俗習慣、食文化、伝統芸能など、農家の生活に関わることに興味を見いだしてもよいであろう。…感受性の強い子供たちの教育の一環としてカントリー・ウォークを取り入れることも有意義であろう。…農業体験をしなければ農業の大切さを理解してもらえないというものでもない。もっと気楽に農業や農村に接することを考えるべきであり、カントリー・ウォークはその手軽な手段である」

 ここに一冊の写真集がある。
 秋田市に在住する写真家・池田和子さんが、平成時代の失われつつある民家や農山村の生活、自然の風物を記録した「山里残像」である。四季を通じて田舎を歩きながら、写真家としての感性で記録された農山村の美が余すところなく表現されている。
 日本人の心のふるさとを求めて歩く「カントリー・ウォーク」とは、まさに池田和子さんのような歩き方を言うのだろう。

写真集「山里残像」の著者・池田和子さんのプロフィール

1927年 秋田市に生まれる。土崎第二小学校、県立秋田高等女学校卒
1951年 福島県立医学専門学校卒
1952年 東北大学医学部小児科教室入局
1953年 宮城県立石巻日赤病院小児科勤務
1954年 趣味として写真をはじめる
1956年 秋田新光会入会
1960年 東北大学医学部小児科より学位授与
1969年 秋田県医家美術展発足以来、毎年写真出品
1970年 秋田県写真協会入会
1971年 秋田市土崎港に池田小児科医院を開業
1973年 県保険医協会報、秋田医報、秋田市医師会会報の写真表紙の担当
1986年 日本報道写真連盟秋田支部入会
1991年 第76回二科展写真部に初入選
1994年 二科会写真部秋田支部入会

 「一冊の画集が縁となって
 もう一人の私のために旅に出ました
 ファインダーに飛び込む映像は
 五体をつらぬき
 不思議なエネルギーとなって
 私を支えてくれました
 山里を歩いて七年
 めぐりあった数々の光景に感謝しながら
 もう一つの生命のあかしとして
 写真集を作ることにしました」(まえがきより)