秋田県は、北海道、青森県、岩手県と共同で
      縄文遺跡群の世界遺産登録をめざしています



縄文文化とは

 (1)縄文時代の始まり

 縄文文化は、今から約15000年前から始まり、約2300年前まで、12000年以上にわたって続きました。
 縄文文化の栄えた時代は、気候が大きく移り変わった時代です。約9000年前頃にかけて徐々に温暖化が進み、周りをすべて海に囲まれる、現在とほぼ同じ日本列島ができあがりました。この頃、日本列島をおおっていた森林にも変化が現れます。北海道から北東北にかけての地域は、クリ、クルミなどのとれる落葉広葉樹の林が広がりました。動物も小型動物が多くなります。

定住の始まり
 旧石器時代には、つねに移動をくり返しながら狩猟採集の生活を送っていました。これに対して、縄文人は生活する場所を一か所に定めてムラをつくり、定住生活を始めます。
 定住生活が可能になったのは、木の実などの食べ物が豊富な環境になったためと考えられます。

土器の出現
 
土器が発明され、生活は大きく変化しました。その発明は人類の歴史にとって、とても大きな意味を持っています。土器づくりには、粘土の入手、形づくり、焼き上げなど多くの日数がかかります。このため、定住開始の目じるしとなるといわれています。
 土器は狩猟や採集で得た食料の調理や貯蔵に利用されました。煮炊きに使った土器は、火で熱せられて表面が赤くなっていたり、おこげが付いて中が黒くなったりしています。煮炊きの跡のない大きな土器は、水や木の実などの貯蔵用と考えられます。
 食材を煮炊きすることで、生では口にすることのできないたくさんの動物や植物の利用が可能になり、食料事情が安定しました。

(2)縄文人の住まい

 
縄文人は主に竪穴住居に暮らしていました。ムラ生活の第一歩は、家づくりから始まります。地面を掘り下げて柱を立てる穴を掘り、森から木を切り倒して運びます。骨組みができれば、屋根や壁づくりの材料を用意しなければなりません。
 家づくりは近くに住むいくつもの家族の手をかりなければできない作業です。こうした共同作業を通じて、ムラという地域社会が形づくられていきました。

(3)縄文人は何を食べていたか?

 縄文文化の大きな特色は、いろいろな種類の食料を利用しているところにあります。
 縄文時代の食料を季節の変化を追ってみて見ると、縄文人は四季の自然がもたらす恵みを上手に利用していたことがわかります。



(4)ファッションへのこだわり

 
縄文人の衣服そのものは遺跡から出土していないため、詳しいことはわかりませんが、毛皮や編み物などからつくられていたと考えられています。
 植物からとれる繊維を編んで、衣服をつくっていたのではないかといわれています。骨や貝などでつくられた縫い針もたくさん見つかっています。


(5)縄文人の心

 
土偶や土版など、その形からは機能や用途がまったく分からない道具は、縄文人の思いをカタチにした道具だと考えられています。
 自然にたよって、狩猟や採集、漁労を生業とした縄文人は、安定した生活や家族の繁栄への祈りを込めてつくったのかもしれません。




「北海道・北東北の縄文遺跡群」の価値

 農耕の開始により、人類は定住生活を始めるようになります。世界各地の文明が農耕によって自然を大きく変える方向に向かっていったのに対し、縄文人は農耕を選ばず、食糧をもたらす自然のサイクルと共生することで定住を果たし、長い歴史を積み重ねました。
 縄文文化の大きな特色は、いろいろな種類の食料を利用しているところにあります。ある種類の食料が不足した場合には、他のものでそれを補うという生活の知恵がありました。
 食料を求めて移動をくり返す生活は、お年寄りや病気を抱えた者には大変でした。定住生活をすることにより、年長者の技術や知識が子孫に受け継がれ、縄文文化が花開きました。