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ミニ・コラム(平成20年度掲載分)

10回 最古の土器

県内で最古の土器は、旧山内村の岩瀬遺跡で出土しました。縄文時代草創期と呼ばれる時期で、今から1万2千年ほど前に作られた土器です。日本最古の土器は今のところ世界最古の土器でもあるんです。岩瀬遺跡の土器も日本=世界で最古級の土器です。ほんの破片しか見つかりませんでしたが、これが今後の人類の歴史を大きく変えた大発明だったのです。「最古」のものは、いいかえれば「当時の最先端」だったようです。

11回 漆工芸のルーツ
県内で最古の漆器は縄文時代前期(5,500年前)、大館市池内遺跡で見つかった木製皿です。日本最古のものは縄文時代早期(9,000年前)の北海道垣ノ島B遺跡出土の漆製品ですが、これは同時に世界最古の発見例でもあります。奈良時代以降、仏教伝来とともに中国から改めて漆文化が日本へ入ってきますが、これ以降の時代に作られた漆工芸品は私たちにも馴染み深いものです。縄文時代にルーツが求められる漆文化ですが、森の民である縄文人の手による漆工芸品と対面すると、現代人とはまったく違った感性で製作されたものであることに気づかされると同時に、その迫力に驚かされます。

12回 縄文土器の粘土

 縄文土器は粘土をこねたうえで、焼いて作られています。この粘土、どこでも取れるというのではなく、特定の産地があったようです。また、粘土のなかには動物の毛や植物、鉱石などが混ざっています。これは偶然混ざったというよりは、時期ごとの決まりごとがあったようです。その意味するところはまだはっきり解明されていません。

14回 3万年前の七曲台遺跡群

 旧河辺町に七曲台遺跡群というのがあります。今から3万年以上前の旧石器時代の遺跡が4箇所、隣りあって見つかっています。それぞれの遺跡は、道具箱の中身が違っているようです。当時は動物を追いかけながら移動生活を営んでいました。遺跡は移動の途上で行われた活動の一場面を示しているようです。遺跡に残された石器群は当時の生活の「すべて」を反映しているわけではないのです。生活の全体を知るには、遺跡を「群」として捉えることが重要なのです。

15回 語り部としての「モノ」たち

私たちの足元には土器や石器が眠っています。発掘によって何百年、何千年ぶりに日の光を浴びたモノたち。それらのモノを作り、使い、愛した人たちはもう死んでしまいました。それでもモノは残っています。未来の人に新たな語りを始めるため、新たな命が吹き込まれたモノたちの声に耳を傾けてみませんか?

16回 江戸時代の考古学

考古学というと古い時代ばかり扱っているようですが、80年代以降、江戸城や大坂城周辺で近世を対象とした遺跡の発掘調査が継続的に行われています。秋田県でも近年、久保田城下における近世武家屋敷の発掘が相次いで行われました。東北地方でもめずらしいことです。調査によって、文献では知りえない武家の暮らしぶりが今、目の前に現れました。私たちの足元のすぐ下には活気ある江戸の文化が眠っているのです。

17回江戸時代の考古学A

久保田城跡の穴門堀を発掘していると、底から日本刀が出土しました。17世紀前半、佐竹藩士が美濃の刀工に作らせたもののようですが、鞘は幕末〜明治に作り直されたらしいのです。その間に武士から町人の手に渡ったようです。手の込んだ作りの刀が、なぜ堀底に眠っていたのか、謎が深まります。

18回石器作り

旧石器時代や縄文時代の人々は石器を作って道具をこしらえてました。この石器づくり、実際にやってみると分かりますが、なかなか大変です。おそらく、子供の頃から練習しないと熟練にはなれないでしょう。出土品には、職人技のような美しい石器もあれば、子供が作ったような格好の良くない石器もあります。石器を手にとると、何千年、何万年も前の人をとても身近に感じる瞬間が訪れることがあります。

19回氷河期の狩人たち

氷河期には今では絶滅してしまったマンモスやナウマンゾウなどが日本にも棲息していました。当時の狩人たちは果敢に狩りを挑みました。最近では、旧石器時代の陥し穴が、静岡県や南九州で見つかっていますが、動物の生態を熟知していた人々が開発した画期的な狩猟法といえるでしょう。

20回 槍から弓へ 狩猟から戦争へ

今から1万2千年前、氷河期がおわって旧石器時代から縄文時代を迎えると、狩猟具の一大画期が訪れます。弓矢の発明です。弓矢は遠くにいる獲物を正確に射止めることを可能にした、優れた飛び道具として重宝されました。弓は、弥生時代以降、狩場から戦場へと活躍の舞台を広げていきます。

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