No. 遺跡名 所在地 種別 現況 時期・紀年銘 経筒・経碑銘文等 備考 文献 歴博
南-1 松岡経塚 湯沢市松岡字坊中 マウンド 寿永3(1184) 建久7(1196) 「建久七歳大歳丙辰卯月二日 山北雄勝郡松岳如□□ 藤原女人」「大工草賀部国清 寿永三年大歳甲辰三月□日大勧進僧□□ 大壇主尼大勧進僧□□ 大壇主尼殿 血縁之衆僧仲西 父僧永尊」など 1954(昭和29)年発見。遺物は経筒4点、陶器壺1点、須恵器系陶器壺1点、陶器片口鉢1点、明銭(洪武通寶)1点、刀子3点である。塚の北部には「寿永3年」銘のものを含む経筒2点と刀子が、南部には「建久7年」銘経筒を含む経筒2点と須恵器系陶器片が認められた。さらに塚の西部からは陶器壺が、塚の南東部からは片口鉢片が出土した。遺物は石組を設けた中に納められていた。経筒の中には、腐蝕した経巻とみられる塊が入っていた。 71
南-2 前森経塚 湯沢市駒形町字東福寺 マウンド? - - 1945(昭和20)年頃発見。川原の小石を沢山積み重ねた2mほどの円形塚の中に、蓋付経筒が包蔵されていた。発見当時、経筒中には何も入っていなかった。 30 39
南-3 館堀城跡 湯沢市寺沢字館堀 埋? 不明 中世 - 本調査に先立つ確認調査時(1998・平成10)に、トレンチ内より銅製経筒の蓋が1点出土している。 75 175
南-4 新町経塚 雄勝郡羽後町新町字京塚野 不明 マウンド - - 耕地整理のため消滅。1930(昭和5)年、大庭清吉氏による実測記録が残っている。複数基の方形塚・円形塚で構成された塚群である。出土品などは不明である。 31 19
南-5 〜南-7 浦田山十三森 雄勝郡羽後町西馬音内堀回字浦田山 十三塚 マウンド - - 13基の塚が、ほぼ南北線上に一列に並ぶ。1957(昭和32)年、13基のうち2基が発掘調査された。径約3mの円形を基底部とするマウンドで、出土品は認められなかった。 31 25-37
南-18 館の下十三塚 雄勝郡羽後町田沢 十三塚 マウンド? - - 径2〜3m、高さ0.5〜1.5m程度の墳丘が12-15基、ほぼ一列に並んだ状態で認められる。一部削られた断面の観察では、こぶし程度から人頭大の川原石・木炭片が少量認められる。 74 24
南-19 獺袋経塚 横手市金沢字鳥井長根 埋? 不明 - - 明治期に千体仏が出土したことにより、遺跡が確認された。出土品は、現在には伝わっていない。 72 48
南-20 老姥山経塚 横手市金沢字鳥井長根 埋? 不明 - - 刀と斧が出土したと伝えられる。 73 49
南-21 直坂経塚 横手市金沢字鳥井長根 マウンド - - 1889(明治22)年発見。鉄製経筒1点が出土している。遺物は、後三年の役金沢資料館で保管されている。 72 50
南-22 閑居長根経塚群1号経塚 横手市金沢字寺の沢 マウンド 13世紀初頭〜前半 - 1889(明治22)年発見。石組の石室の中に、和鏡で蓋のされた四耳壺が納められていた。四耳壺の口縁部は、和鏡とぴったり合わさるように打ちかかれており、和鏡は銅線で四耳壺に固定されていた。4本の銅線のうち、1本には「ミナモト」という毛彫りが認められる。 73 51
南-23 閑居長根経塚群2号経塚 横手市金沢字寺の沢 マウンド 元久3(1206) 「(梵字)    (梵字)元久三年歳次丙刀四月本聖人□西 大□□ 金□佛子念阿 □・・・・・」 1908(明治41)年発見。紙本経の入った銅製経筒が1点出土した。紙本経は伝わらず、銅製経筒のみ後三年の役金沢資料館に保管・展示されている。銅製経筒の蓋には和鏡が用いられており、背面の紐を削り落とし、鏡面に宝珠形のつまみを付ける細工が施されている。 73 52
南-24 黒滝経塚 仙北郡美郷町? 不明 - - 菅江真澄が記録。前郷村(美郷町仙南地区)と六郷東根(美郷町六郷地区)の村境・黒滝山に所在。千体仏の銅像・法華経・菩薩生地経などが出土した。経の巻末には「為散位安部定親女共二観」と記されていた。 72 55
南-25 八木城跡 横手市増田町八木字屋布合 不明 不明 - - 八木神社に関連。 76 42
南-26 七ツ森経塚北野1号 横手市雄物川町大沢字北野 埋? マウンド 12世紀後半 - 1959(昭和34)年発見、発掘調査。凝灰岩質の基盤層を径14m程の円状に切土・整地し、その中央部分に高さ40cm程の盛土がなされていた。盛土表面には、拳大の礫が葺かれていた。塚のほぼ中央部の基盤層に土坑が掘られており、そこに須恵器系陶器の大甕が正位で納められていた。甕には、凝灰岩の切石で蓋がされていた。 73 61
南-27 七ツ森経塚北野2号 横手市雄物川町大沢字北野 埋? マウンド 鎌倉〜室町時代 - 1959(昭和34)年発見、発掘調査。基本的には、北野1号と同じ構築方法でつくられている。盛土表面に葺石が施されるのではなく、盛土内に礫が含まれる点のみ1号と異なる。塚の中央部には方形土坑が掘られていたが、中に遺物は認められなかった。土坑直上の盛土中より、自然礫と共に凝灰岩製の石製人形・石製品12点が出土している。 73 62
南-28 七ツ森経塚北野3号 横手市雄物川町大沢字北野 埋? マウンド - - 1959(昭和34)年発見。塚自体は現存しない。規模などの記録は一切残されていないが、3号出土とされる凝灰岩製男根状石製品が1点伝わる。 73 63
南-29 七ツ森経塚北野4号 横手市雄物川町大沢字北野 埋? マウンド - - 1959(昭和34)年発見。規模などの記録は残されておらず、発見時既に盗掘を受けていた可能性がある。 73 64
南-30 七ツ森経塚北野5号 横手市雄物川町大沢字北野 埋? マウンド - - 1981(昭和56)年、雄物川町教育委員会が発掘調査。塚の外観は、1号とほぼ同じであった。南北約9m、東西約7mの略円形を呈する塚で、中央部に円形土坑が、西側に長方形土坑が掘り込まれていた。円形土坑の底面に径・深さ共に20cmの小穴が穿たれており、ここに経典が納められていた可能性も考えられる。長方形土坑の直上から須恵器甕か壺の口縁部破片が出土したとされるが、現在は所在不明。 73 65
南-31 七ツ森経塚北野6号 横手市雄物川町大沢字北野 埋? マウンド - - 5号の北約85mの地点に所在。 73 66
南-32 大沢森経塚 横手市雄物川町大沢字北野・同今宿字ハアカ坂 マウンド - - 1913(大正2)年発見。白銅製経筒の小破片と紙本経10巻程度が入った須恵器系陶器甕が発掘された。紙本経のうち1巻を開いたところ、血書経であった。経典内容は、法華経である。 73 67
南-33 観音寺経塚 横手市大森町上溝字観音寺 マウンド 久安5(1149) 「久安五年己巳ノ五月日僧良与」 菅江真澄が記録。文化6(1809)年に発見され、主要な遺物は2基の塚から出土している。1号塚からは「久安5年」銘銅製経筒1点と太刀2点が、2号塚からは銅製経筒とそれを納めた外容器の甕が出土した。1・2号塚の他に、太刀のみが出土した塚がもう1基あったとされる。 72 60
南-34 鹿島神社経塚 横手市大森町十日町字劔花 埋? 不明 13世紀初頭 - 1926(大正15)年、大森城跡の一角で遺跡を発見。詰石の中に、水晶玉の入った珠洲系波状文壺1点が納められており、珠洲系片口鉢で蓋がされていた。 77 189
南-35 中野経塚 横手市大森町上溝字中野 埋? 不明 - - 菅江真澄が記録。高松山修行院の上祖が塚を築き、大般若経などを読経して塚に納め供養した。 29 269
南-36 堀切経塚 横手市大森町 埋? 不明 - - 菅江真澄が記録。「堀切」という所に所在。大友氏某の奥方は仏教を厚く信仰した人で、保呂羽の神に読経を続けていた。奥方の死後、残された経典は塚に埋められた。 29 221
南-37 小出T遺跡 大仙市南外字小出 埋? 溝状遺構 13世紀初頭 - 1988(昭和63)年の調査時に、径5.2mの環状にめぐる溝を検出(SD14)。溝の覆土中や溝周辺には、大小多数の礫が確認され、中世陶器片も出土している。 78 86
南-38 伝重郎経塚 大仙市大神成 埋? 不明 - - 大神成藤沢一族の共同墓地の一角から、経甕が出土している。共同墓地は、「ラント」と呼ばれている。 41 78
南-39 六部塚 大仙市鑓見内字野中 不明 C-c 近世? 「日輪当千妙典奉経塔」 塚の周辺より、念仏鉦が出土している。念仏鉦には、「寛文十三(1673)年癸丑天林鉦吉辰苅和野川口阿弥陀堂住物休西」銘がある。 41 82
南-40 八日市経塚 大仙市豊岡 不明 - - 菅江真澄が記録。昔、左近将監有信卿という公達がこの地に左遷されてきた。有信卿はこの地で自ら経典を書写し、それを石櫃に入れて埋納した。近世八日市村の鎮守であった諏訪大明神の縁起。 47 224
南-41 大楽U経塚 大仙市土川字大楽 礫? 不明 - - 径2mの円形を呈する石盛。現在では確認できない。 79 85
南-42 一字山経塚 仙北郡美郷町金沢字館ヶ沢 不明 仁安3(1168) 「仁安三年戊子二月金兼宗」 菅江真澄が記録。石製箱形容器に白銅の経筒を納め、石室をつくって埋納していた。経筒の中には、法華経を書写した紙本経が入っていた。 72 56
南-43 経塚森経塚 仙北郡美郷町飯詰字東山本 埋? 不明 - - 横手市平鹿町に所在する吉祥山西法寺の、室町期の寺跡。経典を埋納した丘であるという伝承がある。 48 57
南-44 了翁禅師経塚 湯沢市八幡字前田 A-b - 「一字一石拝書」 元禄15年(1702)、八幡村出身の了翁禅師が、雄物川の洪水で亡くなった人々の冥福を祈って造営したものと伝わる。「一字一石拝書」の碑があるが、これは経塚造営の後の時代に建立されたもの。 26・
南-45 新田経塚 湯沢市八幡字新田 A-b - 「一字一拝石・・・」 雄物川洪水防止を願い、般若心経を書写して埋めたという了翁禅師の経塚が新田にあったとされるが、それに関連する経碑か。 26 208
南-46 吹張経塚 湯沢市吹張 不明 - - 汝、界、誌、便、故、悉仏の墨書のある礫石経出土。 27
南-47 山田経塚 湯沢市山田 不明 - - 梵字、大・事などの文字を墨書した礫石経が、山田の川原から出土。 27
南-48 上関経塚 湯沢市上関 A-c 享保20(1735) 「大乗妙典七千部塔」 菅江真澄が記録しており、上関市営住宅の傍らに現存。 27 5・218
南-49 尼ヶ台経塚 湯沢市杉沢 不明 - - 杉沢村尼ヶ台より、礫石経数点出土。現在の「天ヶ台」か。 27
南-50 湯沢北高校裏経塚 湯沢市湯ノ原 不明 - - 湯沢北高等学校の裏に所在する礫石経塚。 27
南-51 林松寺経塚 湯沢市字大森 A-b 享保19(1734) 「奉書冩大乗妙典塚」 曹洞宗・森嶽山林松寺境内に所在。「又兵衛」建立。 28 209
南-52 河原毛温泉経塚 湯沢市高松字三途川 不明 - - 菅江真澄が記録。路傍に石仏が沢山あり、その辺りで一字一石経が拾える。礫石経塚が崩落したもの。 29 217
南-53 大谷1経塚 湯沢市稲庭町字大谷 B - - マウンドの前面直下に礫石経が埋納されている。 - 38
南-54 大谷2経塚 湯沢市稲庭町字大谷 不明 - - 「南無阿弥陀仏」「光明真言百遍」と墨書された礫石経が出土。小野寺氏の旗本屋敷跡、あるいは刑場跡との伝承がある地。 30 210
南-55 貝沢拾三本塚7号墳 雄勝郡羽後町貝沢字拾三本塚 十三塚 G - - 貝沢拾三本塚のうち、唯一現存している。南から7番目の塚。径約7m、高さ1m。 71
南-56 貝沢拾三本塚9号墳 雄勝郡羽後町貝沢字拾三本塚 礫(十三塚) G - - 1952年(昭和27)盗掘。マウンドから一字一石経、金小片、中国銭32点が出土。 54
南-57 貝沢拾三本塚10号墳 雄勝郡羽後町貝沢字拾三本塚 礫(十三塚) G - - 1960年(昭和35)に発掘調査。マウンドから477点の一字一石経と13点の中国銭が出土。中国銭のひとつに火葬骨片が付着していた。 54 10
南-58 貝沢拾三本塚11号墳 雄勝郡羽後町貝沢字拾三本塚 礫(十三塚) G - - 1950-53年(昭和25-28)頃までに盗掘。マウンドから礫石経、中国銭、切遣いの譲葉金が出土。 54 11
南-59 貝沢拾三本塚12号墳 雄勝郡羽後町貝沢字拾三本塚 礫(十三塚) G - - 1952年(昭和27)に盗掘。礫石経多数、中国銭13点、切遣いの譲葉金が出土。 54 12
南-60 宝泉寺経塚 雄勝郡羽後町西馬音内字裏町 A-c 享保7(1722) 「奉拝写地蔵菩薩本願経一字一石供養塔」 曹洞宗・延命山宝泉寺境内に所在。「幻住慈賢」建立。 31 15
南-61 中町経塚 雄勝郡羽後町西馬音内字中町 不明 - - 宝永元年(1704)、大仙和尚が庵を結んで住み始めたとされる所に経塚があったが、1917年(大正6)に開田のため消滅。礫石経は近くの墓地に埋め戻し。 31 16
南-62 岩土経塚 雄勝郡羽後町西馬音内堀回字岩土 C-c - - 大日堂の境内に所在。マウンドの上に自然石の経碑をもった経塚であったが、1911年(明治44)に消滅。経碑のみ普賢堂前に移転。 31 13
南-63 和尚塚 雄勝郡羽後町西馬音内中町 不明 - - 400年程前、ツツガムシ病犠牲者を救うため、托鉢和尚が即身仏となる際、礫石経とともに穴に入ったという伝承がある。 28 212
南-64 光正寺経塚 雄勝郡羽後町堀内字堀内 D - - 曹洞宗・林内山光正寺境内、参道脇に所在。かつて多数の礫石経が出土したが、現在では詳細な地点は不明になっている。 31 21
南-65 大久保経塚 雄勝郡羽後町大久保字屋敷下 B - - 「ケダニ地蔵さん」などのお堂がある所に、かつて松の木が生えたマウンドがあった。この木の根元から約3千点の礫石経が出土した。 31 22
南-66 常福寺経塚 雄勝郡羽後町大久保字大久保 A-a - - 曹洞宗・大應山常福寺境内に所在。ツツガムシ病犠牲者供養のために造営された礫石経塚。地蔵経を一字一石に書写し、高さ2mの地蔵尊を経碑として建立。 28 211
南-67 笠森稲荷経塚 雄勝郡羽後町飯沢字院ヶ台 A - - 1997(平成9)年頃、道路改良工事中に礫石経が出土。 - 23
南-68 能持院1経塚 雄勝郡羽後町足田字安良町 A-b 宝永2(1705) 「大乗法華石経塔」 曹洞宗・塩田山能持院境内に所在。「愚白弟子最極」書写。 31 17
南-69 能持院2経塚 雄勝郡羽後町足田字安良町 A-a? - - 曹洞宗・塩田山能持院境内の子育て地蔵尊は、昔野盗が横行した際、命を落とした人の供養のために建立されたもので、法華経を書写した一字一石経が埋められている。 28 266
南-70 新城川経塚 雄勝郡羽後町足田字新城川 F - - 塩田山能持院が管理する「神城河原子育地蔵尊」境内に所在。地蔵堂の脇にかつて礫石経塚があったが、新城川の洪水で消滅したとされる。 31 18
南-71 竜泉寺経塚 雄勝郡羽後町新町字上高寺 A-c 安政6(1859) 「石経塔一部」 曹洞宗・竜泉寺境内に所在。建立主については、「行年八十三老翁当寺十七世古嶽大渓謹拝書」とある。 31 20
南-72 横根経塚 雄勝郡羽後町上到米字上蒲生 C-c 安永5(1776) 「大乗妙法蓮華経」 横根峠の路傍に所在。径3.6m、高さ0.9mのマウンド上に、板状自然石の経碑が立つ。 31 14
南-73 聖塚 雄勝郡東成瀬村田子内字上野 G? - - 旅の僧が生前一字一石経を書写し、それを自分が埋葬された上に埋めるように遺言して亡くなったと伝わる。礫石経の出土が確認されている。 32 40
南-74 横町観音寺経塚 横手市本町 不明 - - 真言宗・開華山観音寺境内に所在。 13 53
南-75 明永沼経塚 横手市 不明 - - 1933年(昭和8)、明永沼造成工事の際に礫石経が出土。そのほとんどは、平城の武田氏墓地に埋め戻された。多字一石経が確認されている。 34 54
南-76 七面神社経塚 横手市平城町 A-b - (碑)「市中繁榮」(台座)「一字一石塔」 七面神社境内に所在。台座には「講中小山三之助外十一名」の刻字。 35 193
南-77 三貫堰経塚 横手市金沢中野字三貫堰 A-c - 「南無・・・」 現在の国道13号線から昼藻沼に続く坂道(通称法華坂=jの入口に、かつて経塚があった。道路拡張工事のため、経碑を動かした際に礫石経が出土。 24 190
南-78 神明町2経塚 横手市神明町 A-b 明和6(1769) 「奉納大乗妙典」 墓地に所在。台座に「明善□□、椿屋□光」の刻字。 35 195
南-79 永蔵寺経塚 横手市平鹿町下鍋倉字鍋倉 A-c - 「奉書写法花一字一石供養塔」 下鍋倉遊園地に所在。造営主については、「永蔵寺二世秀槃大和尚書是」とある。 36 45
南-80 明沢経塚 横手市平鹿町醍醐字明沢 A 応永12(1405) - 菅江真澄が記録。法華経一部を一字一石に書写し、月泉が奉納。梵字の礫石経。 33 47
南-81 柄内経塚 横手市平鹿町樽見内字柄内 A-c 明治20(1887) 「御經塚」 八幡神社裏の墓地内に所在。 36 46
南-82 増田多吉屋敷遺跡 横手市増田町増田字田町 不明 - - 真崎勇助が『雲根録』(1874-1906)に記録。長、最、之という墨書のある礫石経が出土している。 13 41
南-83 福嶋経塚 横手市増田町増田字福嶋 A 寛永元(1624) 「奉写石一字三礼大乗妙典経全部 寛永元年八月甲申廿四日云々」 菅江真澄が記録。千田彦右ェ門の墓石と並んで、路傍に所在。 29 222
南-84 梨木塚経塚 横手市増田町吉野字梨ノ木 B - - 梨の木の側にあったマウンドから、礫石経が出土した。真崎勇助が『雲根録』(1874-1906)に記録。 37 43
南-85 虹が沢経塚 横手市増田町亀田 B - - 菅江真澄が記録。「虹が沢」という所に所在。梵字の書かれた小石が出土する塚。 29 223
南-86 深井経塚 横手市雄物川町深井 A - 「万部経供養碑」 菅江真澄が記録。石川氏建立か。 33 219
南-87 菅見沢経塚 横手市大森町上溝字中野 不明 - - 菅江真澄が記録。菅見沢の出口に所在。石経が埋められているとの伝承がある。 29 220
南-88 下堀経塚 横手市十文字町睦合字本城 A-b 元禄元(1688) 「法華妙典八軸一字一石」 八幡神社境内に所在。造営主については、「比丘一□直心拝書」とある。 38 44
南-89 福万経塚 横手市山内 不明 - - 菅江真澄が記録。「福万邑」の薬師●の上に所在。石経を埋めた所か。 ※●は『山(やまへん)』に『倉』という漢字が入る。 29 271
南-90 高寺経塚 大仙市内小友字高寺 A-a? E? 享保7(1722) 「石経 佛 供養」 石仏と卵塔が安置されたお堂の下に、一字一石経が埋納されている。 53 68
南-91 石持経塚 大仙市内小友字石持 A-b 延享2(1745) 「奉石書法華一部供養□」 カマス2つ分の多字一石経が出土している。 53 179
南-92 島根経塚 大仙市内小友字館前 A-c 文政2(1819) 「大乗妙典石ヵ人・・・」 島根集落のはずれに、庚申塔などと供に所在。「禅 39 178
南-93 覺善寺経塚 大仙市角間川町小中嶋 A-b 安永10(1781) - 日蓮宗・本妙山覺善寺境内に所在。祖師五百遠忌のため、礫石経埋納。 24・28 180
南-94 坊村経塚 大仙市南外字坊村 不明 - - 菅江真澄が記録。石経塚か。周辺は「きやうづか森」と呼ばれているが、由来は定かでない。 29 272
南-95 寺屋敷経塚 大仙市戸地谷字寺屋敷 不明 - - 苗代区画替え作業中に、偶然一字一石経が出土した。遺跡の詳細な地点は不明。消滅したか。 40 187
南-96 開南経塚 大仙市長野字開 C-c - - 畑の中に直径5m、高さ2mのマウンドがあり、その上に自然石が3基据えられている。礫石経数点が出土したとされる。 41 74
南-97 開北経塚 大仙市長野字開 F 文化(1804-17) - 作開神社境内入口に所在。自然石と二十三夜塔の周辺に、一字一石経が散らばる。 39 75
南-98 下川原経塚 大仙市長野字下川原 C-c - - 高さ1m、幅5mのマウンドの上に3基の自然石がある。周辺から一字一石経が出土する。 41 81
南-99 六日町観音堂経塚 大仙市長野字六日町 B - - 紫嶋氏の観音堂境内に、かつて経塚があった。礫石経が出土していたが、現在では堂も塚も消滅。 41 83
南-100 多寳院経塚 大仙市鑓見内字相野 A-d - - 曹洞宗・毘沙門山多寳院境内に所在。毘沙門天を祀った小祠の下から礫石経が出土した。 45 79
南-101 源勝寺経塚 大仙市鑓見内字大根田 不明 - - 大根田にかつて源勝寺という真言宗寺院があったが、焼失して現在は墓地のみが残っている。この墓地に礫石経塚があったとされるが、詳細な地点は不明である。 41 80
南-102 幕林経塚 大仙市鑓見内字幕林 F 天保4−5(1833−34) - 幕林八幡神社境内入口に所在。出羽三山碑、庚申塔、象頭山塔など5基の石碑が並ぶ土盛りの上に、一字一石経が散らばっている。 45 73
南-103 囲ノ内観音堂経塚 大仙市豊川字囲ノ内 E - - 高橋喜太郎屋敷神観音堂(一間四面社)の縁の下に、礫石経が敷きつめられている。 41 77
南-104 五百刈田経塚 大仙市豊岡字五百刈田 A-c - 「奉納経塚」 八幡神社へ続く参道の入口にある。高さ55cm、幅40cmの自然石。 56 182
南-105 法華経塚 大仙市栗沢 B - - 菅江真澄が記録。「森下清水」に所在。法華経を埋めた塚。築造時期は不明。 29 76
南-106 妙法寺経塚 大仙市上鶯野字押上 A-c 昭和30(1955) 「南無妙法蓮華經 日蓮立正安国」 日本山妙法寺境内に所在。立正安国碑下に、一字一石経8万4千点を埋める。 80 181
南-107 法華宝塔 大仙市刈和野字石名坂 C-b 元禄15(1702) 読誦塔 基底部11m、高さ2mのマウンドの上に読誦塔がある。旧道沿いに位置する。一字一石経が納められているという伝承がある。 57 185
南-108 心像西野経塚 大仙市土川字心像西野 A-c 享保13(1728) 「大乗妙典一字一石」 菩提供養のために経塚がつくられたと伝わる。 42 84
南-109 杉沢経塚 大仙市土川字杉沢 A-c - 「大乗妙典」 杉沢会館の敷地内にある。 42 186
南-110 梨木塚 大仙市強首字乙越 F - - 菅江真澄が記録。伊藤氏の先祖が、家系譜や武家の調度品を埋めたとの伝承がある。木の葉大の平石で覆われており、石経塚とも言われる。塚の裾に梨の古木が生えている。マウンドが現存しており、表面散在する川原石の中に礫石経が確認されている。 29 184
南-111 大巻経塚 大仙市強首字大巻 不明 - - 菅江真澄が記録。寿命院という修験者が石経を書写し、埋めた塚であると言われる。 29 183
南-112 大巻経塚2 大仙市強首字大巻 A - - 文献に「経塚碑」、「江戸期の経塚」といった記述。菅江真澄の記録した大巻経塚とは別の経塚か。 1・43 267
南-113 中里経塚 大仙市協和下淀川 不明 - - 母衣社跡から、礫石経30〜40点が出土した。 - 87
南-114 龍蔵台経塚 大仙市北楢岡字上龍蔵台 A-b 明和5年(1768) 「奉納大乗妙典」 龍蔵神社へ続く参道脇にある。仏像が彫刻されている。 - 72
南-115 三本杉経塚 大仙市北楢岡字船戸 B - - 1996年(平成8)年、神岡町教育委員会が発掘調査。約7000点の礫石経が出土。別名「船戸経塚」。 - 71
南-116 みのり塚 仙北郡美郷町飯詰 不明 - - 菅江真澄が記録。石経を埋めた経塚であるとの伝承。 47 59
南-117 上深井経塚 仙北郡美郷町上深井字矢矧殿 不明 - - 金沢西根字上糠渕の渋谷家所蔵『仙北全郡』に記録。現在では場所を特定できず、遺物もない。菅江真澄は、「上深井村」の字名として「経塚」を記録。真崎勇助も『雲根録』(1874-1906)に記録。 48 58
南-118 刺市経塚 仙北市田沢湖梅沢字刺市 B - - 梅沢氏が姫のために経塚を営んだと伝えられる。桜の大木が倒れた際、その根元から礫石経が出土。 44 70
南-119 八津1経塚 仙北市西木町小山田字八津 G - - かつて観音堂があった場所から礫石経約100点、人骨、火打鎌、二股鉄器が出土。 46 69
南-120 八津2経塚 仙北市西木町小山田字八津 A - - 文献に「経塚碑」という記述がある。 43 188
南-121 神明町1廻国塔 横手市神明町 A-b 文化12(1815) 「奉納大乗妙典六十六部供養」 墓地に所在。「岩蔵」の建立。 35 194
南-122 赤坂稲荷神社廻国塔 横手市赤坂 A-b 安政3(1856) 「奉納大乗妙典日本廻國」 赤坂稲荷神社境内に所在。「行者熊五良」の建立。 35 191
南-123 持田廻国塔 横手市新藤柳田字持田 A-b - (碑)「奉納大乗妙典」(台座)「六十六部日本廻国」 石碑正面と台座に銘がある。 35 192
南-124 三島神社廻国塔 横手市平鹿町醍醐 A 宝暦7(1757) 「奉納妙典六十六部日本回国 敬白」 三島神社境内に所在。 36 205
南-125 下醍醐廻国塔 横手市平鹿町醍醐字下醍醐 A-b 宝暦5(1755) 「奉納大乗妙典六十六部日本回国」 下醍醐集落の村はずれに所在。 36 207
南-126 砂子田廻国塔 横手市平鹿町樽見内字砂子田 A-c - 「奉納大乗妙典六十六部日本廻國」 「砂子田村佐藤又□□門」の建立。 36 206
南-127 里見1廻国塔 横手市雄物川町 A 天明(1781-88) - 雄物川町里見地区に所在。 49 196
南-128 里見2廻国塔 横手市雄物川町 A - - 雄物川町里見地区に所在。 49 197
南-129 八柏廻国塔 横手市大雄字八柏 A-b 文化14(1817) 「奉納大乗妙典經六十六部日本廻國」 「八柏村 行者甚三郎」が建立。高さ90cm、幅31cmほどの石碑。 50 216
南-130 鶴巻田廻国塔 横手市大雄字鶴巻田 A-c? - 「六拾六部大乗妙曲(典)」? 菅江真澄が記録。高さ94cm、幅60cmの三角形の石で、道路端にある。 29 270
南-131 十日町地蔵堂廻国塔 横手市大森町十日町字剣花 A-b - 「奉納大乗妙典六十六部日本廻□」 集落の地蔵堂内に所在。 - 261
南-132 大道西廻国塔 横手市十文字町仁井田字大道西 A-b 文政10(1827) 「奉納 大乗妙典 六十六部日本廻国塔」 「阿波 市兵衛」「羽後 与助」「江戸 松□」ら、計6名が願主である。 51 198
南-133 山神社廻国塔 横手市十文字町仁井田字大道西 A-b 明和4(1767) 「奉納 大乗妙典 六十六部日本廻国塔」 山神社境内に所在。「仙北平鹿二井田村高□□」が建立。 38 199
南-134 梨木廻国塔 横手市十文字町梨木 A-b 天保7(1836) 「奉納 大乗妙典 日本廻国六十六部供養塔」 愛宕神社境内に所在。願主「行者 虎蔵」の他、施主4名と世話人の名前もある。 51 200
南-135 富沢廻国塔 横手市十文字町上鍋倉字富沢 A-b - 「供養 日本回国 六十六部塔」 三重・富沢屋敷上の地蔵菩薩堂内に安置されている。 51 201
南-136 三重廻国塔 横手市十文字町上鍋倉字富沢 A 宝永7(1710) 「回□一参道易沙弥□覚」 墓地の入口に所在。廻国塔の類か。 51 202
南-137 荊島廻国塔 横手市十文字町谷地新田字荊島 A - - 厳島神社境内に所在。 38 203
南-138 真角廻国塔 横手市十文字町睦合字真角 A - - 真角集落の宅地中に所在。 38 204
南-139 旧榊神社境内廻国塔 大仙市佐野町 A-c - 「・・・本回國」 馬頭観音境内に所在。石碑上部が欠損している。 52 176
南-140 寺山廻国塔 大仙市内小友字寺山 A-b 文化5(1808) - 集落はずれの地蔵堂内に安置されている。 - 177
中-1 白山落首遺跡 秋田市上新城白山 不明 積石塚 不明 - 積石塚の中心に、自然石を組んで円形状の石室が設けられていた。遺物は出土していない。 64 135
中-2 岩の沢経塚 秋田市雄和下黒瀬字湯野目 埋? 不明 平安時代 - 1868(明治元)年頃、須恵器甕が出土している。少数の礫石経も共に出土か? 10 130
中-3 長者館 秋田市河辺三内字飛沢上段 埋? 不明 12世紀 - 1917-18(大正6-7)年頃、詰石の中から須恵器甕が出土している。 65 133
中-4 広ヶ野経塚 南秋田郡五城目町高崎字広ヶ野 埋? 不明 鎌倉時代 - 珠洲系四耳壺1点が出土している。 66 254
中-5 向山経塚 男鹿市戸賀加茂青砂字向山 不明 14世紀初頭 - 1949(昭和24)年、竹製経筒の納められた珠洲系壺が出土した。経筒の中には、絹布に巻かれた血書経が入っていた。珠洲系壺には、石で蓋がされてあった。 67 141
中-6 館前館経塚 由利本荘市館前 埋? 不明 鎌倉時代初期 - 1961(昭和36)年、小友地区の館前館から須恵四耳壺1点が出土。 68 238
中-7 大倉経塚 男鹿市脇本富永字大倉 不明 天文15(1546) 天文20(1551) 「十羅刹女 越後住行蔵坊 バク(種字) 奉納経王六十六部聖 三十番神 天文十五年今月日」ほか  4点の銅製経筒が出土しており、そのうち1点に天文15年銘が、2点に同20年銘がある。 67・69・70 142
中-8 下刈経塚 秋田市金足下刈字林中 不明 - - 日吉神社に所在。礫石経出土が確認されている。疫病封じの経塚か。 13 134
中-9 広山田経塚 秋田市 A 文政5(1822) 「般若心経」 - 9 259
中-10 新波経塚 秋田市雄和新波字新町 A?C? 享保2(1717) - 通称「内山街道」脇に所在。普門院第7世常青秀存和尚が一字一石経を書写し、法謝供養のため経塚を築いたという記録がある。 10 131
中-11 鍛治屋敷経塚 秋田市河辺岩見字鍛治屋敷 不明 - - 曹洞宗寺院・両沢山千手院の裏手に所在。1960年(昭和35)頃、水道工事の際に偶然一字一石経が出土。 11 132
中-12 蓬内台経塚 南秋田郡五城目町馬場目字蓬内台 不明 - - 礫石経の出土が確認されている。別名「馬場目経塚」。 1 149
中-13 船橋経塚 潟上市昭和豊川船橋字川原崎 B - - 豊受神社境内入口に所在。マウンドが残るが、大分崩れている。礫石経の出土が確認された。 12 136
中-14 本明寺経塚 男鹿市脇本脇本字横町道上 A-a 文政5(1822) 宝篋印塔 曹洞宗寺院・珪?山本明寺の境内に所在。高さ5m余りの宝篋印塔の下に礫石経が納められている。 28 143
中-15 脇本第一小学校前経塚 男鹿市脇本脇本字上野 不明 - - - - 148
中-16 家の後経塚 男鹿市船川港椿字家の後 A 享保3(1718) 大乗妙典書写塔 三島神社境内に所在。仙台住の沙門が願主。 14 273
中-17 瑞光寺経塚 男鹿市北浦北浦字杉原 D - - 臨済宗・瑞光寺の山門下に所在。 - 145
中-18 茨島経塚 男鹿市北浦北浦字茨島 A - 庚申塔 曹洞宗・雲昌寺の後方に所在。 - 146
中-19 西水口経塚 男鹿市北浦西水口字堂ノ前 D - - 臨済宗・十王堂の前に所在。 - 144
中-20 常在院前経塚 男鹿市北浦真山字白根坂台 不明 - - 臨済宗・常在院の前に所在。 - 147
中-21 畠崎経塚 男鹿市 A - - 菅江真澄が記録。法華経を一字一石に書写し、埋納して「七文字の碑」を立てている。 15 274
中-22 鵜木経塚 男鹿市鵜木字鵜木 B - - 礫石経と古銭が出土。 54 137
中-23 鵜木墓地経塚 男鹿市鵜木 A-a 享和3(1803) 「石經 大乗妙典 一部」 台座に銘を持つ、高さ243.5cmの宝塔。鵜木村の親郷肝煎を勤めた大渕家の墓であり、鵜木墓地の中央に所在している。 16 214
中-24 永源寺経塚 男鹿市鵜木字道村 不明 - - 曹洞宗・永源寺に関連。 - 140
中-25 角間崎経塚 男鹿市角間崎 不明 - - 礫石経の出土が確認されている。 - 138
中-26 小深見経塚 男鹿市払戸字小深見 不明 - - 神明社に関連。 - 139
中-27 丁刃森経塚 にかほ市平沢 不明 - - 礫石経と、22種39枚の中国銭が出土したとされる。 54 96
中-28 延命地蔵尊裏経塚 にかほ市伊勢居地字谷地 A - 「大乗妙典」 伊勢居地延命地蔵尊の裏手に所在。経碑付近から礫石経が出土。 - 97
中-29 金浦経塚 にかほ市金浦 A-c - 「經塚」 - 17 213
中-30 水岡のお経塚 にかほ市象潟町横岡字目貫谷地 A? 安永4(1775) - 僧・智仙によって建立されたもの。智仙は諸所を行脚して塚を築いているが、この水岡のものが最後の例と伝えられる。 18 225
中-31 荒町墓地経塚 由利本荘市荒町字古里 A-c - 「・・・経一字一石」 - 19 90
中-32 館前経塚 由利本荘市館前字館前 A-c 享保(1716-35) 「奉書写大乗妙典一部一字一石」 曹洞宗・寶圓寺の門前に所在。 19 94
中-33 大沢熊野神社経塚 由利本荘市大沢字南関 A-c 明和6(1769) 「妙法蓮華經」 1978年(昭和53)頃、一度礫石経が掘り出され、その後埋め戻された。 19 91
中-34 大蔵寺経塚 由利本荘市湯沢字湯沢 A-c 宝暦10(1760) 「大乗妙典石經塔」 曹洞宗・大蔵寺境内に所在。「十三世豊明」の建立。 19 93・216
中-35 船岡台経塚 由利本荘市船岡字船岡台 不明 - - 1987年(昭和62)、墓地改装工事中に礫石経が出土。石碑をつくり、大部分をその下に埋め戻した。 19 88
中-36 氷ヶ沢経塚 由利本荘市船岡字大平野 A-b 天保9(1838) 「観音経一千巻供養塔」 佐々木氏が建立。出羽三山・鳥海山碑、金毘羅・西国三十三番札所巡拝碑も兼ねる。 19 236
中-37 天然寺経塚 由利本荘市日役町 A 弘化3(1846) 「南無阿弥陀佛 浄土三部妙典石経塔 一石一字三禮」 浄土宗・天然寺境内に所在。 19 95
中-38 蔵堅寺経塚 由利本荘市日役町 A 文化12(1815) 「大乗妙典石經塔」 曹洞宗・蔵堅寺境内に所在。 19 92
中-39 蔵堅寺2経塚 由利本荘市日役町 A - 「読誦千部 書經ヵ一部」 - 19 230
中-40 春日神社経塚 由利本荘市田町 A 天保元(1830)? 「法華塔」 - 19 231
中-41 新山経塚 由利本荘市石脇 A-c - 「□□趣一万部 三部経 大乗経」 新山神社への参道中腹で発見された3基の石碑。1基は高さ・幅共に約50cmのもので、「理趣経碑」と呼ばれる。他の2基にはそれぞれ地蔵菩薩・大日如来像が線刻されている。 19 89
中-42 長谷寺経塚 由利本荘市赤田 A-c - 「大乗妙典・・・」 「赤田の大仏」という名で知られる長谷寺の立地する山の麓、現在は宅地となっている場所に所在。 19 233
中-43 万願寺経塚 由利本荘市万願寺 A 明和6(1769) 「妙法蓮華經」 新田諏訪神社に所在。 19 234
中-44 家口田1経塚 由利本荘市二十六木字家口田 A 嘉永5(1852) 「奉納般若心経千巻塔」 - 19 240
中-45 家口田2経塚 由利本荘市二十六木字家口田 A - 「寶篋」 - 19 239
中-46 下野経塚 由利本荘市玉ノ池字下野 A-b - 「大乗妙典供養塔」 玉ノ池村豊島家の祖と言われる荘右衛門家の墓碑とも伝わるが、詳細は不明。 20 246
中-47 滝ノ沢経塚 由利本荘市葛法字滝ノ沢 A 明和3(1766) 「書冩地蔵本願經」 葛法共同墓地内に所在。 20 248
中-48 永泉寺経塚 由利本荘市給人町 A 文政4(1821) 「大乗妙典塔」 - 19 232
中-49 曲沢大石経塚 由利本荘市曲沢字中谷地 A-c - 「佛法僧」 道沿いに所在。経碑は高さ1.3m、径2.0mの円形の自然石。一石二字の礫石経が出土している。 21 121
中-50 曲沢墓地経塚 由利本荘市曲沢字千手台 A - - 墓地に所在。道路工事の際に礫石経が出土したというが、詳細不明。 21 120
中-51 宮比神社境内経塚 由利本荘市曲沢字山本 A - - 宮比神社参道沿いに所在。高さ40cmほどの経碑周辺で、一字一石経が採取されている。 21 122
中-52 小菅野墓地経塚 由利本荘市小菅野字平三郎 A 享保18(1733)? - 墓地に所在。土坑に多字一石経が多数納められていた。経碑が近くにあり、経塚に伴うものと考えられる。 21 126
中-53 五十土墓地経塚 由利本荘市五十土字鍋ヶ森 A 延享元(1744) - 旧矢島街道沿いの墓地に所在。一字一石経を拾うことができる。 21 125
中-54 陣ヶ森墓地経塚 由利本荘市陣ヶ森字陣ヶ森 A 宝暦4(1754) 「書写大乗妙典典一部□□□□」 墓地に所在。 21 123
中-55 飯沢庵寺跡経塚 由利本荘市飯沢字篠竹 A 宝暦5(1755) 「書写法華」 飯沢庵寺(廃寺)の境内に所在。 - 124
中-56 瑞光寺経塚 由利本荘市町村字下黒沢 A 宝暦14(1764) 「妙法蓮華経 書写全部」 曹洞宗・瑞光寺の墓域、万箇将軍の墓地内に所在。径1.55m、深さ1.0mの土坑中に2万点以上の多字一石経が納められていた。経碑は読誦塔も兼ねている。願主は瑞光寺11世大機徹道、勧進僧は智仙、仙栄の2名である。 21 119
中-57 根城経塚1号 由利本荘市川西字根城 A - 「上報四恩下資三有」 墓地に所在。礫石経が出土したとされている。 21 117
中-58 根城経塚2号 由利本荘市川西字根城 A 天明7(1787) - 墓地に所在。礫石経が出土したというが、現在遺物は所在不明。 21 118
中-59 新屋敷墓地経塚 由利本荘市川西字新屋敷 不明 - - - 21 249
中-60 山本経塚 由利本荘市山本 A - 「大乗妙典経塚」 - 25 252
中-61 黒沢経塚 由利本荘市黒沢 A 明和3(1766) 「千手送尼経」 - 25 253
中-62 土倉経塚 由利本荘市土倉 A 宝暦7(1757) 「大乗妙典二字一 「八世智・・・」建立。 25 250
中-63 九日町経塚 由利本荘市矢島町元町字九日町 C - 「宝篋印塔」 別名「元町経塚」。円形マウンド上に、「宝篋印塔」銘の三角形板状板碑、弥陀の種字を刻した三角形板状板碑、三角形自然石があった。カマス10袋ほどの礫石経が出土し、その中の一つに「施主宏 光□」の墨書があった。 22 98
中-64 九日町経塚宝篋印塔 由利本荘市矢島町元町字九日町 A - 「宝篋印塔」 高さ72cm、幅30cm、厚さ10cmの石碑。 - 99
中-65 相庭館書写塔 由利本荘市矢島町元町字相庭館 A-c - 「書写塔」 墓地に所在。高さ50cm、幅40cm、厚さ35cmの自然石。 - 116
中-66 根井館跡 由利本荘市元町字新ら町 不明 - - 八幡神社境内に所在。礫石経が矢島町郷土資料館に保管されている。 - 100
中-67 郷内経塚 由利本荘市元町字郷内 不明 - - 礫石経が出土しており、矢島町郷土資料館に保管されている。 - 101
中-68 小板戸書写塔 由利本荘市矢島町川辺字小板戸 A-c 明和4(1767) 「書写地蔵□願經」 高さ95cm、幅35cm、厚さ20cmの自然石。 - 115
中-69 中村宝篋印塔 由利本荘市矢島町木在字中村 A-c - 「寳篋印□」 浅間神社境内に所在。高さ70cm、幅80cm、厚さ25cmの自然石。 - 104
中-70 下岩台経塚 由利本荘市矢島町木在字中村 A - - 礫石経約1,250点、石地蔵13体、寛永通宝7枚が、積石の石室に納められていた。法覚院(廃寺)に関連。 - 102
中-71 八木森経塚 由利本荘市矢島町木在字八木森 A-c 宝永6(1709) 「奉供養 大乘妙典一字一石皆命満足」 願主「三浦弥四郎」。高さ100cm、幅50cm、厚さ40cmの自然石。 - 103
中-72 根城書写塔1 由利本荘市矢島町荒沢字根城 A-c 延享2(1745) 「奉書写大乘妙典五部」 金子九郎兵衛嘉忠建立の石碑。高さ50cm、幅30cm、厚さ10cm。 - 113
中-73 根城書写塔2 由利本荘市矢島町荒沢字根城 A-c - 「奉書写大乘・・・」 高さ40cm、幅30cm、厚さ11cmの自然石。 - 114
中-74 前杉書写塔 由利本荘市矢島町城内字前杉 A-c 明和4(1767) 「書写法華・・・」 高さ63cm、幅55cm、厚さ25cmの自然石。 - 107
中-75 前杉経塚1 由利本荘市矢島町城内字前杉 A-c 享保4(1719) 「奉書写 大乘妙典一字一石 上報四恩 下資三有 者也」 龍源寺八世明山の建立。高さ118cm、幅94cm、厚さ25cmの自然石。 - 105
中-76 前杉経塚2 由利本荘市矢島町城内字前杉 A-b 元文5(1740) 「奉書写法華經一字一石□部」 「龍源寺八世明山」の建立。読誦塔も兼ねる。高さ57cm、幅28cm、厚さ19cmの石碑。 - 106
中-77 田屋の下宝篋印塔 由利本荘市矢島町城内字田屋の下 A-a 天明8(1788) 宝篋印塔 福王寺境内に所在。「鳥海山福王寺七十三世有程」の建立。 - 110
中-78 田屋の下経塚1 由利本荘市矢島町城内字田屋の下 A-b 享保7(1722) 「奉書写大乘妙典法華經□部・・・」 福王寺境内に所在。願主「昌□妙月」、施主「菅原・・」。高さ80cm、幅33cm、厚さ11cmの石碑。 - 108
中-79 田屋の下経塚2 由利本荘市矢島町城内字田屋の下 A-c 宝暦5(1755) 「奉読誦 大乘妙典五百部一字一石書写為無徹瑞大和尚両親菩提也」 祥雲寺境内に所在。「祥雲寺八世徳峰」の建立。高さ120cm、幅80cmの自然石。 - 109
中-80 下岩之沢宝篋印塔 由利本荘市新荘字下岩之沢 A-c 安永2(1773) 「寶篋印塔」 権現堂境内に所在。高さ105cm、幅80cm、厚さ18cm。 - 112
中-81 高建寺経塚 由利本荘市立石字上野 A-c - 「大乘妙典二字一石」 曹洞宗・高建寺墓地に所在。「南翁知嶽」の建立。高さ75cm、幅40cm、厚さ15cmの自然石。 - 111
中-82 長坂経塚 由利本荘市鳥海町上川内字長坂 A-c - - 道路の傍らに立っていた、高さ1.2mほどの自然石の下を発掘調査したところ、土坑に納められた礫石経を発見した。施主・年号が墨書されたと思われる礫石経もあっったが、文字が薄れて解読不能であった。 23 127
中-83 提鍋1経塚 由利本荘市鳥海町上川内字提鍋 E - - 堰神社社殿の下から、甕に納められた一字一石経が出土した。 23 128
中-84 提鍋2経塚 由利本荘市鳥海町上川内字提鍋 C-c - - 1970年(昭和45)の耕地整理の際、自然石を立てた塚があった付近から一字一石経が出土した。 23 129
中-85 生出谷地経塚 由利本荘市鳥海町上川内字生出谷地 A 寛政11(1799) 百万遍供養塔 高さ113cmの石碑。経塚であるとの伝承がある。 23 227
中-86 猿倉経塚 由利本荘市鳥海町猿倉 A-c - 「書写本願経」 高さ58cmの石碑。この碑は、俗に「経塚」と呼ばれている。 23 226
中-87 中直根経塚 由利本荘市鳥海町中直根 A 明和3(1766) 「書写法経塔」 高さ64cmの石碑。法華経の経塚と伝わる。 23 228
中-88 根子経塚 由利本荘市鳥海町 C 寛政5(1793) 「大般若経塔」 - 23 229
中-89 土崎廻国塔 秋田市土崎港 A 宝暦12(1762) - - 9 255
中-90 太平廻国塔 秋田市太平 A 安政5(1858) - - 9 256
中-91 上新城廻国塔 秋田市上新城 A 安永7(1778) - - 9 257
中-92 寺内廻国塔 秋田市寺内 A 安永7(1788) - - 9 258
中-93 鮎瀬廻国塔 由利本荘市鮎瀬 A 明和7(1770) 「日本廻□供養塔・・・」 - 19 242
中-94 鮎瀬広田庵廻国塔 由利本荘市鮎瀬 A - 「日本廻国供養塔」 - 19 241
中-95 大沢熊野神社廻国塔 由利本荘市大沢字南関 A 元治元(1864) 「六十六部供養」 大沢熊野神社の脇に所在。菩薩坐像が線刻された碑。本願主は若狭国の人で、大沢在住の者が世話人となっており、台座に名前が刻まれている。 19 243
中-96 三条廻国塔 由利本荘市三条字三条 A 天明8(1788) 「大乗妙典六十六部日本廻国納経」 旧街道沿いに八幡神社があり、その境内に所在。 19 245
中-97 滝ノ沢廻国塔 由利本荘市葛法字滝ノ沢 A 天明8(1788) 「奉納大乘妙典六十六部日本廻国」 葛法共同墓地内に所在。「行者七郎兵衛」建立。 20 247
中-98 松ヶ崎庵寺廻国塔 由利本荘市松ヶ崎 A - 「諸国納経塔」 - 19 235
中-99 町村廻国塔 由利本荘市町村 A 文政7(1824) 「奉納 大乗妙典六十六部日本廻國塔」 「行者 興吉」の建立。 25 251
中-100 氷ヶ沢廻国塔 由利本荘市船岡字氷ヶ沢 廻? A 明治6(1873) 「大乗妙典六十六部死供養塔」 「角之進」の建立。 20 244
中-101 宝円寺経塚 由利本荘市 廻? A-c 明治34(1901) 「奉納西國三十三所納経塚」 - 19 237
北-1 長森経塚 大館市花岡町字長森 埋? 不明 12世紀後葉〜13世紀初頭 - 耕地転換を行った際に、3点の珠洲焼壺が出土した。大館市指定文化財として、大館市郷土博物館が保管。 58 260
北-2 五輪台遺跡 能代市二ツ井町荷上場 埋? 不明 12世紀 - 高岩山の中腹「五輪台」に1934(昭和9)年、経塚らしい遺跡を発見。須恵質・土師質土器7点、須恵質甕2点、四耳壺1点、片口浅鉢4点が出土している。高岩山に所在した中世寺院・密乗寺に関連するものか。 59・60 157
北-3 内林遺跡 山本郡八峰町峰浜石川 埋? マウンド基部残存? 12世紀? - 戦前にはマウンドが存在していたが、その後削平された。現在、マウンドのあった付近に方形で土壇状の地形をした場所を確認している。1940(昭和15)年頃に、マウンドより少量の銭貨が入った甕が出土している。1978(昭和53)年の確認調査の際には、12世紀のかわらけ・須恵器系陶器が出土した。 54・61 155
北-4 石野経塚 鹿角市十和田瀬田石字白根 不明 - - マウンドをもっていたと考えられるが、調査時にはその大部分は消滅していた。礫石経が出土している。 1 158
北-5 小真木の山神社経塚 鹿角市十和田瀬田石字白根 不明 - - 白根金山の跡。経碑らしいものはないが、礫石経が出土していると言われる。 2 263
北-6 高清水経塚 鹿角市十和田山根字高清水 不明 - - 礫石経が出土している。 3 159
北-7 柏野経塚 鹿角市十和田毛馬内字柏野 A−c 正徳5(1715) 「奉納大乗妙典一字一石 奉写都冊四部 其一於此安置」 山本家墓地に所在。建立の関係者については、「経塚幹縁 山本九一郎 兵衛一林謹記 化主接待 宗碩七十一歳書於八戸県」とある。 4 163
北-8 仁叟寺経塚1号 鹿角市十和田毛馬内字番屋平 A-b 天保3(1832) 「三界万霊塔」 来満街道沿い、曹洞宗・凱翁山仁叟寺への参道入口に所在。碑側面に「大乘妙典経・・・」「壱字一石・・・」の銘がある。仁叟寺17世「旭嶺和尚」の建立。 5 161
北-9 仁叟寺経塚2号 鹿角市十和田毛馬内字番屋平 A-c 宝暦7(1757) 「奉書写大乘妙典一字一石供養塔」 来満街道沿い、曹洞宗・凱翁山仁叟寺への参道入口に、1号と並んで所在。仁叟寺の隠居「覚秀」が願主。 5 162
北-10 中野墓地経塚 鹿角市十和田毛馬内字三ノ丸 A-c 明和3(1766) 「奉納大乗妙典 日本廻国六十六部供養塔」 中野集落の墓地入口に所在。願主は中野の「祐遷」。 2 167
北-11 本光院経塚 鹿角市十和田毛馬内 不明 - - 本光院境内に所在。御祖師碑の近くで、礫石経を拾うことができる。柏野経塚の経碑に「奉写都冊四部 其一於此安置」とあるが、この「四部」の一つが本経塚。 2 262
北-12 長年寺経塚1 鹿角市花輪字上花輪 A-c 明和4(1767) 「納経回国納経供養塔」 「鹿角郡花輪町 与一」が願主。 2 169
北-13 長年寺経塚2 鹿角市花輪字上花輪 A - 「奉納大乗妙典一字一石供養塔」 建立関係者については、「願主沙門□□」「石工□□□」とある。 2 170
北-14 長福寺経塚 鹿角市花輪字下花輪 礫+廻 A 明和(1764-71) 「奉納大乗妙典一字一石日本廻国六十六部供養塔」 曹洞宗・長福寺山門を入ったすぐ左に所在。願主は浅利孫右ェ門。 2 168
北-15 隆昌寺経塚1 鹿角市花輪字八幡館 A 宝暦12(1762) 「奉書写大乗妙典一字一石供養」 願主「巨峯」。 2 164
北-16 隆昌寺経塚2 鹿角市花輪字八幡館 A 宝暦14(1764) 「日本廻国六十六部供養塔」 曹洞宗・隆昌寺山門の外に所在。 2 165
北-17 隆昌寺経塚3 鹿角市花輪字八幡館 不明 宝暦(1751-63) - 礫石経と供に出土した蓋石に、宝暦の餓死者のために経塚をつくったことが記されていた。 2 166
北-18 下タ町経塚 鹿角市花輪字下タ町 A 宝暦11(1761) 「奉納大乗妙典日本廻・・・」 庚申塔と供に、集落のはずれに所在。福士川の土手。「永井仁兵・・・」が願主。 2 160
北-19 柴内経塚 鹿角市花輪字柴内 A 明和8(1771) 「奉納聖大乗妙典日本廻国六十六部」 柴内金沢家向かいに所在。すぐ近くに庚申塚がある。 2 173
北-20 大日堂経塚 鹿角市八幡平字堂ノ上 A 天保12(1841) 「奉書写妙法蓮華経一字一石」 大日霊貴神社(大日堂)の宮司・安倍家の墓地。43〜45代の墓碑周辺に、多量の礫石経が散らばる。墓石の側面に、礫石経埋納のことが記されている。「妙光院義行」「安倍藤吾藤原義直」のいう人名がある。 2 172
北-21 歌内遺跡 鹿角市八幡平字歌内 礫? 不明 - - 発掘調査の際、1点の礫石経が遺構外出土遺物として取り上げられている。礫石経には、「佛日」の墨書。 62 174
北-22 谷内経塚 鹿角市八幡平字谷内 不明 元文(1736-40) - 谷内集落入口、八坂神社下に所在。カマス7つ半の礫石経が出土した。 2 171
北-23 谷内経塚2 鹿角市八幡平字谷内 不明 不明 - - - 63 265
北-24 寺の沢経塚 鹿角市 A 宝暦12(1762) 「奉納大乗妙典 日本廻国塔」 墓地入口に所在。願主は「貞證」、施主は「能代 山尾五兵衛」ら8名。 2 264
北-25 徳昌寺経塚 能代市向能代字金山 A-a 安永(1772-80) 宝篋印塔 曹洞宗・徳昌寺に所在。民道和尚の建立と伝わる。日本海中部沖地震による塔倒壊で、礫石経を確認。 - 152
北-26 河戸川遺跡 能代市河戸川字新屋布 E - - 河戸川熊野神社本堂下に置かれた石を取り除いたところ、一字一石経の入った珠洲系陶器が発見された。 6 154
北-27 倫勝寺経塚 能代市字仁井田白山 A 明治(1868-1911) 供養塔 曹洞宗・倫勝寺境内に所在。供養塔に一字一石経が納められている。 - 153
北-28 飛塚1経塚 山本郡三種町森岳 A-c 明和2(1765) - 飛塚旧坂下に所在。「夢得実相居士」によって建立されたことが記された経碑が残る。塚下約1mの土中に、約7万点の一字一石経が納められていた。 7 151
北-29 飛塚2経塚 山本郡三種町森岳 不明 宝暦(1751-63) - 飛塚地区に所在。 8 215
北-30 飛塚3経塚 山本郡三種町森岳字西飛塚 A-b 文政5(1822) 「大乗妙典書冩塔」 墓地に所在。「工藤忠六」が、逆修供養のために建立。 - 268
北-31 宝竜前遺跡 山本郡三種町鹿渡字宝竜前 F - - 発掘調査の際、ある地点から一字一石経が複数個まとまって出土した。 8 150
北-32 立石経塚 山本郡八峰町八森字立石 不明 - - 菅江真澄が記録。一本杉という立岩の傍らに、円仁の造営と伝わる礫石経塚がある。梵字の書かれた一字一石経が見られる。 1 156
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